『奇襲作戦』である為、携帯などで在室を問うことも、訪問の意思を伝えることもせず、二月の中頃、お騒がせコンビがそれでも仲間達には白状した住所へ向かい、醍醐が代表で、彼等の今の住処であるマンスリーマンションの一室の、呼び鈴を押せば。
『はい? 何方様ー?』
インターフォンの向こうから、龍麻の声が聞こえた。
「龍麻か? 急に済まない。俺だ、醍醐だ」
『え? 醍醐? 一寸待ってて、今開けるから』
訪問者が誰かを知り、龍麻は慌ててインターフォンを置いたようで、直ぐさまそこからは、ガシャリ、と騒々しい音がし、所詮は安普請で狭い部屋の扉の向こうからは、
「京一、醍醐が来たよーー」
「へ? タイショーが? どうしたんだ、急に」
……とか何とか、友人の突然の訪問を驚く二人の、大声でのやり取りが響き。
「いらっしゃ……──。あれ? 壬生に弦月? どうしたの、三人で急に」
焦った風に玄関扉を開きつつも、笑顔を湛えて彼等を出迎えた龍麻は、訝し気になった。
「たまたま、近所で行き会ってな。王華でラーメンでも食おうかと言い合ってる内に、お前達の話になって。どうしているかと思って、来てみたんだ」
「急に、悪かったね」
「二人のこと、驚かそう思うてん。やから、不意打ちで」
何で、この面子で急に? と顔全体で問うてきている龍麻に、醍醐は、決して嘘でない事情を伝え、壬生も劉も、一言二言発する。
「何だ、そうだったんだ。……あ、御免、玄関なんかで。狭いけど上がって」
すれば龍麻は、そういうこと、と破顔して、三人を招き入れた。
「よう、お揃いで。……大方、あれだろ? 疾っくに日本からトンズラしたと思ってた俺達が、未だ新宿にいるって弦月に聞かされて、何事かとツラ見に来た、って処なんだろ?」
上がり込んだ室内では、醍醐と龍麻のやり取りを聞いていたらしい京一が、小さな冷蔵庫のドアを開きつつ、ケラケラと笑いながら三人を迎え、
「そういう訳でもないぞ」
「京はん、その言い種は酷いでー?」
「もう少しだけでも、純粋な目で僕達を見られないのかい?」
『何事かとツラを見に来た』理由を、何処まで勘付いているのかは判らないし、単なる冗談のつもりなのかも知れないが、京一は、相変わらず鋭いことばかりを言う、と内心で苦笑しながら、家主達に促されるまま、三人はそれぞれ言い訳や誤摩化しを口にしつつ、低い小さなテーブルを取り囲むように座った。
「取り敢えずビールでいい? あ、夕飯は? 王華行く途中だったんだよね?」
「俺達も、そろそろ夕飯にするかって言ってた処なんだよ。食ってけよ。大したもんがある訳じゃねえし、酒の肴みたいなもんばっかになっちまうけど」
そんな彼等に、龍麻も京一も再び笑い掛けて、茶の代わりに出された缶ビールのプルトップを全員が開け、喉の湿らしにはなると言いながら、そして飲みながら……とした、僅か数分後。
インターフォンでなく、玄関扉が、ドカンと叩かれた。
「……何だ?」
「馬鹿弟子! いるかっ!?」
「んだよ、馬鹿シショーのヤロー……」
扉をぶっ叩くなんて、何処の馬鹿だ? と眉間に皺寄せた京一が振り返った途端、外廊下からそんな声が掛けられ、騒々しい訪問者の正体を知った彼は、ぶちぶち言いながら立ち上がる。
「京梧さん、どうしたんだろ?」
顔を付き合わす前から、「いやがるなら、ここをとっとと開けろっ」とか、「うるせーな、一寸くらい待てねえのかよっ」とか怒鳴り合い始めた彼等の声に、缶ビールを傾けつつ、龍麻はポソッと言ったが。
「馬鹿師匠……? 以前から話には聞いている、あの方か?」
「……ああ、京一の剣術の師匠の?」
「あーー! わいの村で、弦麻殿達と一緒に柳生の奴と戦った内の一人って御仁か!?」
龍麻の実父、緋勇弦麻と共に、封龍の村にて柳生崇嵩と戦った仲間の一人で、京一の剣の師匠なる人物のことは話では聞いているものの、本当に話でだけしか件の人物を知らない三名は、京一の『馬鹿シショー』発言に一斉に目を丸くした。
「おい。龍斗、来てないか?」
「龍斗サン? 来てねえぜ?」
その間に、ガバッと扉が開け放たれた玄関先で、京一は、やって来た彼──蓬莱寺京梧と、彼の用向きに関して語り合い始める。
「龍麻? あの方が、京一の剣の師匠なのか?」
「うん。神夷京士浪さん。醍醐が言った通り、京一のお師匠さん」
「ん? でも、龍麻。君は今、彼のことを、京梧さん、と言わなかったかい?」
「せや。わいにも、京梧、て聞こえたで? それに、あん人、やけに京はんに似とらん?」
「……ああ。彼の、神夷京士浪って名前は、法神流の宗家が代々名乗る名前なんだって。『京梧』は本名の方。でも俺は、神夷京士浪って名前で紹介される前に、本名の方で京一に紹介されちゃったんだよ。剣の師匠、じゃなくって、俺の親戚、って。だから、京梧さんって呼んじゃってるんだ。大抵の人、神夷って呼ぶらしいし、京梧さん自身も、普段から神夷って名乗ってるそうなんだけど、今更、呼び方変えられなくってさ」
龍斗、と言う名の者が来ているのいないの、玄関先に立ったまま言い合っている二人を眺めつつ、醍醐は、京梧のことを改めて龍麻に問い、壬生と劉は、彼のことを、龍麻が、たった今教えられた名の『神夷京士浪』ではなく、京梧と呼んだと、そんなことを気にし始め、彼等がそれを知る由もないが、以前、仲間内に京梧のことを問われたら、何と答えるか京一と決めた通りの説明を、しれっと龍麻は告げた。
「へー……。京はんの剣のお師匠て、親戚なんか。おっかない剣術家ばっか、ぎょうさん出る一族やな」
「親戚って言っても、遠縁らしいけどね」
「その割にはよく似てるね。まるで、歳の近い親子みたいに見えるよ」
「だが、神夷さんは、どう見ても、三十代後半のようだから。歳の近い親子のよう、などと言うのは、申し訳ないのだろうな。確かに、そう見えてもおかしくはないが」
…………一瞬……本当に、ほんの一瞬。
大抵の者が、神夷、と呼び、当人も普段からそう名乗っている、己達の流派の宗家である剣の師匠を、何故、京一は龍麻に、剣の師匠ではなく、親戚と紹介し、本名であると言う『京梧』の名を先ず伝えたのか、との、細やかな疑問を三人は感じ、僅かな矛盾をも覚えたが、それは、本当に細やかな疑問であり、僅かな矛盾だったので、感じたそれを、感じた、と気付かぬ内に三人は流して、こそこそと小声で、他愛無いことばかりを話し合った。
「京一、取り敢えず上がって貰いなよ。京梧さんも、そんな所にいないで、上がって来て下さい」
そして龍麻は、以前に自分達が拵えた彼に関する設定を、上手く三人が信じてくれた、と一人こっそりほくそ笑んで、ぎゃいぎゃい、恒例の『師弟喧嘩』を始めた二人を振り返った。