全く空気の読めない龍斗が、猛烈に質の悪いことに、これっぽっちの悪気もなく、ひたすら無邪気に、振る舞い酒、などと言い出した所為で、済し崩しに一献交わす羽目になってしまって、けれど、そのまま流されるように……、というのも余りにも腰の座りの悪い話だったので、真似事程度でそれを済ませた訪問者三名は、とっとと腰を上げた。

本当に何処までも空気の読めない『メルヘンの世界の人』は、辞去すべく立ち上がった彼等を見送ると言ったが、努力しても複雑な表情を隠せずにいる彼等に、これ以上複雑な心地を味わわせてもと、若干の同情を見せた京梧が上手いこと『メルヘンの世界の人』を言い包めた為、ぱたりと音立てて閉められた玄関扉の向こう側に立った見送りは、京梧一人だった。

「何と言うべきか……、その……、頑張れ」

「どういう意味だ、馬鹿野郎」

猪口でなら数杯酒を嗜める程度の時を過ごしただけで、龍斗の無邪気っぷりに嫌という程晒された鳴滝は、ヒクッ……と唇の端を引き攣らせながら、所謂処のエールを、思わず、の態で、何の魂胆か玄関の外まで送りに出て来た京梧に送り、複雑過ぎる表情で、頑張れ、などと言われた京梧は、眉を顰めて唸った。

「ああ、そりゃそうと。鳴滝」

「何だ?」

「お前さん、俺に、働き口を世話しねぇか?」

「仕事を? 随分と珍しいことを言い出すな。……と言うか、それが、仕事の紹介を頼む側の言い種か?」

が、直ぐさま京梧は、何かを思い出した風に面持ちを塗り替え、話を変えるや否や何処となく尊大に言って、鳴滝は、思いも掛けぬ彼の頼みに目を瞬く。

「うるせぇな。どうでもいいだろ、んな細けぇことは。──少し前、ちょいと餓鬼共に借りを作っちまってな。数倍返しにしてやらねぇと気が済まねぇんだが、その為には『お足』が入り用でよ。真神の旧校舎で……、って手もあるにゃあるが、あんまり荒らしまくると後が怖えぇからな。『うるせぇの』が居やがるから」

「『うるせぇの』? 誰のことだ?」

「こっちの話だ。気にすんな。ま、そういう訳で。一つ頼まぁ。……ああ、生きてねぇ奴等相手の方の仕事な」

「勝手ばかりを言うな、お前は。────それはそうと、何故、作ってしまった借りを数倍返しにするのに金が要る? 一体、どんな借りを作って、何を返したいんだ?」

「多くを聞くんじゃねぇよ、野暮天」

「……本当に、お前という奴は…………。……まあ、いい。それも、その内判るだろうから」

頼む側であるのに、京梧の物言いは本当に尊大で、鳴滝は呆れの溜息だけを吐いたが、それでも、考えておいてやらないこともない、とは言った。

「漸く、『真っ当』に働く気になったのか?」

「剣術馬鹿のくせに、結構な心掛けじゃねえか、神夷」

「てめぇ等に言われたかねぇ。どいつもこいつも、極道な生き方してるくせしやがって。どの口が、真っ当だの結構な心掛けだのほざきやがる。ああ? 用が済んだらとっとと帰ぇりやがれ」

京梧が言い出した『異なこと』を受け、龍山や道心はからかいを口にして、だから京梧は、彼等に蹴りをくれる真似をしながら、シッと追い払った。

「歳を食っても口が悪いのぅ。……では、又の」

「俺は、もう拝みたくねえな、てめぇのツラなんざ」

「気が向いたら連絡してやる」

──関わりを持って、昔日、共に肩を並べて戦って、以来、二十数年の月日が流れてより初めて、その正体は『幽霊』だったと知った戦友は、結局、久方振りの邂逅の最初から最後まで、相変わらずの男だったから。

『幽霊』の正体が何だろうと、少なくとも当分の間は忘れていようと、追い払われるまま、突然の訪問者達は去って行った。

「京梧、どうしたのだ? 随分と手間取っていたようだけれども、あの方達に何か遭ったのか?」

「別に、どうってこたぁねぇよ」

去って行く彼等の後ろ姿が見えなくなるまでを一応見送ってやり、中へ戻ろうとした処で、ひょい、と龍斗に扉越しに顔を出され、京梧は微笑しながら、何でもない、と言ってやる。

「本当なら良いが。お前は時々、私にも隠し事をするから、少し心配になる」

「だから、大したこっちゃねぇって。……ああ、そうだ、ひーちゃん。『珍客』があったお陰でな、今日も馬鹿程賑やかだった餓鬼共に預けたまんまの例の借り、存外早く返せそうだぜ。あの野暮天が俺の話を覚えてたら、って奴だけどよ」

「そうなのか? それは良かった。だが、何故、そんな話の運びになったのだ?」

「……ま、一言で言やぁ、お前の、家を一歩出たら迷子、って質のお陰だな。たまにゃ役に立つじゃねぇか、お前のぼんやりも」

「私は、質で迷子になるのでもなければ、日がな一日ぼんやりしているつもりもない。失礼な……。まあ何にせよ、龍麻達への借りが返せる算段が立ちそうだと言うなら、良いことではあるな」

『あの方達』が、何をしにやって来たのか気付きもせず、どうかしたのかとお人好しに心配する龍斗に、ほんの少しだけ嘆息して、でも京梧は、お前の迷子癖も……、と忍び笑いを始め、やけに愉快そうに笑みを洩らす京梧の様に、龍斗は唯々、無邪気に喜びを振り撒いた。

「ひーちゃん。少し、散歩にでも行かねぇか? お前の迷子癖も、ちったぁ役立つと判ったが、番度迷子になられちゃ困るしよ。でも、お前は出掛けたいだろう? そろそろ、道っ端の紫陽花辺り、うるせぇんじゃねぇのか? 話に付き合え、って」

「話に付き合えと言って来るのは、紫陽花ばかりではない。二、三日前から、この辺りを縄張りにし始めたらしい野良猫も──

──判った、判った。一緒に行ってやるから、戸締まりして来い」

「そうだな。では、お前の申し出に甘えるとしようか。……ああ、そうそう。その野良猫が、何処ぞの軒先の燕が──

──判ったから、とっととしろ!」

『大昔』からかなり手を焼かされてきた龍斗の質が、今回、偶然を呼び、必然をも呼んで、更には『運命』を運んで来たのだから、たまには、彼のその厄介な質の源に付き合ってやろうかと、京梧が少々の仏心を出せば、小さくはしゃいでいた龍斗は、花が、野良猫が、燕が、と次々、彼と話をしたがる『皆』のことを言いながら、短気な京梧の怒鳴り声を躱し、手早く家中に鍵を掛けて玄関先に戻って来た。

「では、行くとしよう、京梧」

「程々にしとけよ」

────そうして、二人は連れ立ち。

夕暮れを間近に迎えた、西新宿の街の散策に出掛けて行った。

これより暫くののち、この年の夏が盛りとなる頃に、京梧の話を忘れなかったらしい『野暮天』より、彼等へ連絡があった。

その時に出た、京梧曰くの野暮天な彼よりの話の中には、京梧にも龍斗にも思い掛けなかった申し出が含まれていて、少しばかり紆余曲折は辿ったものの、二人は、その申し出を受け入れることに決め。

更に、それより約一年程が過ぎた頃。

翌年の、二〇〇六年。

京梧が鳴滝達と再会を果たしていたことも、事の成り行きも、何一つ知らぬまま、二〇〇五年秋以降、再び日本を飛び出し、していた修行と探訪の旅より数ヶ月振りに戻って来た彼等の子孫達は、熨斗付けて借りを返されることとなり、あの日あの時の、自分達の仲間の偶然の行き会いと龍斗が起こした迷子騒動は、偶然ではなく必然で、必然、是即ち『運命』なのかも知れないと、京一と龍麻は思い知る羽目になるのだが。

それは又、別の話で。

End

後書きに代えて

精霊さんだの何だのな『皆』の話ばっか聞いてるから、うちの龍斗は家を出たら即迷子です。

この件に関する学習能力は、彼にはありません(笑)。

彼にとっては、産まれた時からの『当たり前』なんで。その分、京梧と周囲が迷惑被りますが。

……本当にメルヘンの世界の人だな、龍斗。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。