「ほう。益々、『剣術馬鹿』の道をまっしぐら、……ってとこか?」

確かに、氣も気配も完璧と言えるまでに隠した筈なのに、実際、龍麻や京一は、自分達が物陰に潜みつつ様子を窺っていたことには気付かなかっただろうのに、『神夷』には気付かれた、と。

歳重ねる毎に、この男は益々……──、と。

そんな風に思いながら顔見合わせた直後、どうするべきかと咄嗟に悩んだ風な鳴滝や龍山を尻目に、先ず道心が、呼び掛けてきた相手──京梧の前へ姿曝した。

「よう。久し振りだな、生臭坊主。相変わらず、何てぇ格好してやがる」

「余計な世話だ。てめぇこそ相変わらずじゃねえか、剣術馬鹿」

現れたサイケデリックな姿を見遣るや否や、やっぱりな、と言わんばかりに京梧はニヤリと笑い、道心も、同等の笑いを彼へと返し、

「息災のようじゃの」

「中国からは、何時帰って来たんだ?」

こうなっては仕方が無いと、龍山も鳴滝も、京梧と龍斗の前に立った。

「……雁首揃えて、何の用だ?」

「……京梧?」

道心と並び立った二人の顔を、代わる代わる京梧は眺め、不意に現れた三人と彼を見比べながら、この彼等は何処の誰だ、と龍斗は眼差しで問う。

「あーーー……。ま、ここじゃ何だ。他人に聞かれて具合のいい話でもねぇしな」

見上げてくる龍斗に、連中なら大丈夫だ、という意味合いの笑みを浮かべてやってから、刀袋を手にしたまま京梧は腕を組み、束の間だけ悩んでより、龍斗の背を押しながら、三人へ、中へ上がれと顎を杓った。

広いとは言えぬ畳敷きの部屋に居並んだ訪問者達へ龍斗が茶を出すのを待って、先ずは、と京梧は龍斗へ、彼等が何者かを語った。

「…………ああ。成程」

彼等の素性、そして京梧や龍麻や、緋勇弦麻との関わりを知らされ、以前より話には聞いている者達か、と龍斗は納得の頷きを返した。

「で?」

眼前の彼等が何処の何者なのか、それを龍斗が飲み込んだので、京梧は今度は、突然の訪問者達へと向き直り、短く用件を尋ねる。

「……単刀直入に問わせて貰う。そちらの彼は、何者だ? そして、お前は何者だ?」

内心、その言葉を吐くには躊躇いがあったが、表情一つ変えずに鳴滝は言った。

「俺か? 俺は、『神夷京士浪』。お前さん達も知っての通りだぜ? んで、こいつは緋勇龍斗。緋勇龍麻のはとこだ。どうせ、お前等それぞれの弟子共から、話は聞いてんだろ?」

彼同様、顔色一つ変えず、眉すら毛筋程も動かさず、京梧は受け答えた。

「『神夷京士浪』、か。……お前の本当の名は、京梧だと聞いたが」

「ああ。俺の本当の名は京梧だ。『神夷京士浪』は、法神流剣術の宗家が代々──

──神夷。いや、蓬莱寺京梧。私が尋ねているのは、そういうことじゃない。判っているだろう?」

「………………そういうこと、だろうが。それこそ、判ってんだろう? 俺の『通り名』は『神夷京士浪』。馬鹿弟子──蓬莱寺京一の遠縁で、法神流剣術の宗家で。こいつは緋勇龍斗。緋勇龍麻の血縁の」

「……そうか」

「ああ、そうだ。……言っとくが、これは真の話だ。『どうでもいいこと』なんざ一々気にしてんじゃねぇ。お前等の肝っ玉は、そんなに小さかったか? ……第一。この言い合いは、端から『勝負』にならねぇだろうが。お前等が何をどう疑おうと。何をどう勘繰ろうと。お前達に、俺達への疑いや勘繰りを持たせる『理由』の緋勇龍麻──『黄龍の器』自身が、こいつのことを、てめぇの血族だと言い切って、器の連れ合い自身が、俺のことを、てめぇの血族だと言い切ってやがるんだからな」

何処となく睨むように様々問うてきた鳴滝の視線を真っ向勝負で弾き返し、あくまでも飄々と言い放ってから、京梧は組んでいた腕を解くと、己の右傍らに置いていた刀袋を、わざわざ、左傍らにわざとらしく置き直し、龍斗が己にも淹れてくれた渋茶を、ズ……、と音立てて飲み始めた。

「本当に、相変わらずじゃの」

京梧の態度、そして言い種、それに、鳴滝は唯黙って、やれやれ、とでも言う風に首を振り、それまで沈黙を保ちながら彼等の言い合いを聞いていた龍山は、愉快そうに自らの白い顎髭に触れる。

「楽しそうに言ってんじゃねぇぞ、辻占」

「仕方無かろうよ。楽しいものは楽しい。お主やそこの彼と、緋勇龍麻や蓬莱寺京一との本当の関わりがどうあれ、あの二人の言い分がある以上、たった今、お主が言うた通り、『勝負』は決まっておるしの。その主張が変わらんなら、儂はそれで良い」

「あー、そうかい。そりゃ良かったな」

「てめぇの言い分が通っちまうのは業腹だが、ま、この件に関しちゃ、俺達に勝ち目はねえな。勝ち目がねえことなんぞ、端から判って俺達はここに来てんだしよ。……ま、好きにするがいいさ。お前等が、その立場を崩さねえ限りは」

余り出来が宜しくない年下の仲間をからかうかのように、クスリ、と笑った龍山の風情に京梧は少しばかり臍を曲げたが、龍山同様、道心も又、似たような風情を見せつつ彼へと肩を竦めた。

「京梧」

「あん?」

「この方達は、そしてお前は、何の話をしている? 龍麻や京一が、どうかしたのか?」

「……あーー…………、判らねぇなら気にすんな。つか、ひーちゃん、お前の気にするこっちゃねぇよ」

「そうか。なら良いが」

と、彼等の『用事』に関することが、取り敢えずは一段落付いたのだけは察したのだろう龍斗が、お前達が何を語らっていたのかさっぱり判らぬと、そろり、京梧の裾を引き、『この』龍斗に、何も彼もが察せられるなどと思ってはいなかったが、目の前であのやり取りを繰り広げられて尚、一つの事情も汲めないのかと、軽い溜息を零しつつ、京梧は、至極いい加減な言葉で彼の疑問を流した。

「それはそうと、京梧。随分と久方振りに戦友ともに会ったのなら、少し振る舞いでもした方がいいのではないのか?」

故に、京梧が気にしなくてもいいと言うなら、確かにその通りなのだろうと、誠、素直に納得した龍斗は、戦友同士、久し振りの親睦でも深めろ、と無邪気に言い出して、

「……………………日暮れまでにゃ未だ間があるが、そういう『仰せ』だから、一杯付き合え」

ほんとーーーーーー……に何にも判ってねぇのか、それとも気にも止めてねぇのか、と溜息付き付き京梧は戦友達の顔を眺め、困ったように自分達を見詰めてくる京梧へ一応の頷きを返しながらも三人は、「ああ、例え、その正体が何であれ、この龍斗と言う彼は、確かに、確実に緋勇一族だ」と、思わず『本能』で納得した。