東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編

『夏の日』

二〇〇五年の夏──七月から八月に掛けては、猛暑の連続だった。

熱帯夜も続いた。

……その所為もあったのだろう。

日陰の雑草達も乾涸びる、茹だるような日々が続いた或る日の昼時。

「……京梧」

仮住まい中である、西新宿のマンスリーマンション・和室タイプの直中で、彼──緋勇龍斗は、唐突に立ち上がり、直ぐそこで愛刀の手入れをしていた、同居人で連れ合いの蓬莱寺京梧の名を徐に呼ぶと。

「あ? 何だ? ひーちゃん。………………ひーちゃん? ……おい、龍斗? 龍斗!?」

何か用か? と見上げて来た京梧の顔を、じっと、微動だにせず見詰めたまま、その場に、パタリ、と倒れた。

何が何だか判らないけれども、急に、いきなり、龍斗が倒れた!! と、徒歩十五分前後の所にある、マンスリーマンション・洋間タイプに仮住まいしている、己達の子孫に当たる蓬莱寺京一と緋勇龍麻を大慌てで呼び付けた京梧と、呼び付けられた子孫達は、「一体、何がどうしてどうなった!?」と、ひたすら慌てふためきつつ、タクシーを呼び、桜ヶ丘中央病院に龍斗を担ぎ込んだ。

相変わらず、通院患者も入院患者もいるようには見えない、少なくとも受付ロビーは閑散としていた院内に、デロン、と軟体動物のように伸びている龍斗を抱えながら血相変えて飛び込んで来た一同の勢いに、その日の受付担当だった、のほほんナースな高見沢舞子も流石に驚きで腰を引いたが、未だに「ダーリン」と呼び続けている龍麻に、

「龍斗さんが倒れちゃって! あ、龍斗さんって、俺のはとこ──ほら、又従兄弟とも言うあれで、えっと、兎に角、無茶苦茶健康体な筈の人なのに、倒れちゃってーーー!!」

と、全く以て説明になっていない説明をされた直後、自身にとっての天職である看護師としての使命を燃え盛らせた彼女は、直ぐさま、院長で、見た目も中身もかなり強烈な女傑、岩山たか子を呼びに走って…………、だが。

京梧とも、京一とも龍麻とも、色ーーーーー……んな縁を持つたか子は、色ーーーーー……んな意味で様々な事情を抱えている三名が、慌てふためき騒ぐ程、担ぎ込まれた患者の容態は悪いのか? と深刻な様子で龍斗を診察するや否や、ものすっっっごく不機嫌そうな顔で、廊下で待っていろと言ったのに診察室にまで傾れ込んで来た三名に、「只の夏バテだ」と、ドスの利いた声で告げた。

「夏バテ…………?」

あっさり且つ単純な診断結果に、京梧は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔付きで、たか子よりの一言を鸚鵡返しし、

「……え? 夏バテ?」

「まさか、それだけ、か……?」

もしかして、騒いだ自分達って馬鹿だった……? と、龍麻と京一は、拍子抜けした風に、その場にしゃがみ込む。

「軽度の夏バテぐらいで、大の男がガタガタ騒ぐんじゃないよ。よく寝てよく食べて、適当に汗を掻けば、その程度なら直ぐに治る」

そんな男共を、たか子は、「全く、男ってな、肝心な時にだらしがないね」と言いつつ一瞥してから、さっさと診察室を出て行った。

でも。

その日の『龍斗が倒れちゃった騒ぎ』は、大山鳴動鼠一匹という奴だったと思い知らされ、京梧と龍斗の仮住まいに戻っても尚、京梧も子孫達も、内心では若干、ドキドキそわそわ、だった。

時を越え、幕末から現代へとやって来てより、その日までに過ぎた数ヶ月の間の龍斗は、生活も、彼自身も、健康の見本のようだったし、京梧が知る限り、江戸で過ごしていた頃も、倒れたこともなければ体調を崩したことすらなかったので、目覚めた彼に半ば無理矢理食事を摂らせて寝かし付けた後、ドキドキそわそわな三名は、夏バテとは言え、何故、鉄壁の健康体だろう龍斗がコロッと引っ繰り返ったのかを、勢い、協議した。

……結果。

鉄壁の健康体を誇る『メルヘンの世界の人』でも、流石に、現代の東京の暑さには勝てなかったんじゃなかろうか、との説を彼等は立てた。

揃って余りオツムの出来は宜しくない三名は知らぬことだが、実際、幕末時の東京──当時の江戸と、現在の東京とを比べると、平均気温でさえ、摂氏にして約三度も違う。

京梧に言わせれば、江戸の夏もクソ暑かったらしいが、現代の東京の夏の暑さは、更にひと味違うクソ暑さだ。

故に、龍斗は、想像もしなかっただろう夏の暑さに打ち負けて、ぶっ倒れる羽目になったのだろう、と京梧達は考えた。

況してや彼の生家は、龍麻と同じ長野の山奥──即ち、夏場でも涼しい地方だし、変な処変に我慢強い節もあるから、暑いの暑くないのと訴えられなかったのかも知れないし、幕末の頃と現代の余りの環境や文明の差にストレスその他を感じて、一人秘かに参っていたのかも知れないと、豊か過ぎる想像も様々に加えつつ。

よくよく考えれば、良く言えば春風の化身のような、悪く言えば天然培養にも程がある、人間様よりも、『みな──龍斗だけには視えるし想いも交わせる、ヒト以外の全てのモノ。簡単に大雑把に言えば、精霊の皆さん各種──との関わりの方が遥かにディープな『メルヘンの世界の人』である龍斗が、過去むかし現在いまとの間に横たわる、大いなる環境の隔たりを目の当たりにした程度で、へこたれる訳がない、と思い至れた筈なのに、自分達の豊か過ぎる想像に、三名は、うっかり勢い余ってホロリとしてしまう程の馬鹿さ加減を発揮した。

────という訳で。

龍斗が患ったのは、よく寝てよく食べて適度の汗を掻けば、放っておいても治る、と、たか子に断言された程度の夏バテだったにも拘らず、その日より暫くの間、京梧と京一と龍麻の、龍斗に対する『過保護スイッチ』がONになった。

どうして、ちょろっと倒れたくらいで、三人が揃って、ああだこうだと自分の世話を何時も以上に焼き始めたのか、龍斗にはさっぱり判らなかったが、「何がどうしてこうなった?」と戸惑うばかりの彼を他所に、『過保護戦隊』三名と、過保護対象者との日々は、少々の、続き。

『過保護戦隊』達の余りの扱いに、

「私は、他人の手を煩わせねば食事もままならぬような童ではないっ!!」

と怒鳴り散らすくらい、年がら年中ボーーーーー…………っとしている『メルヘンの世界の人』でも、いい加減キレ掛けた頃。

龍斗が、桜ヶ丘中央病院に担ぎ込まれてから、四日後。

無事、彼は夏バテを克服し、幾ら何でもそれはやり過ぎだろう、な感のあった、京梧達三名の過保護も鳴りを潜めた。

実の処、京梧や龍麻や京一が『過保護スイッチ』をOFFにしたのは、背中から、現実には見えない黒い靄のようなモノを噴き上げながら、人が変わったようになって、キッッ! と眦吊り上げつつ、三人纏めてぶっ飛ばすのも辞さない、との構えまでも龍斗が見せたので、仕方無くそうした、というのが真相だが、その辺りのことが通常モードになったのは事実で、暇さえあれば先祖達の所に顔を出していた子孫達も『自分達の日常』に戻って…………、さて、それから、更に三日程の後。