約一五〇年の刻を隔ててこの世に生まれ落ちた、片や先祖、片や子孫であるにも拘らず、何の因果か、然もなくばそれも『血』が為したことか、揃って、色恋に関してもよく似た道を突き進むこと選んでしまっているので。
京一と龍麻は、先祖達の部屋を訪れて程無く、自分達が、すんごい気拙さに曝されるだけのタイミングでやって来てしまったと思い知った。
彼等としては、そんなこと悟りたくもなかったが、悟れない方がどうかしている。
否、寧ろ、誤摩化し切れるんじゃないかな、と淡い期待を抱いて、取り繕い、京一と龍麻を部屋に上げた京梧と龍斗の方が、或る意味どうかしている。
例え、それ以外に術がなかったとしても。
故に、子孫達は、「唯、龍斗の具合がどうなったかと思って来ただけで、用事があった訳じゃない」と口々に言い訳を捲し立て、放り投げるように手土産を置き去り、とっとと退散して行った。
己達の先祖が『そういう仲』なのは、彼等とて嫌と言う程承知しているが、まさか、致してる真っ最中に踏み込んでしまうことがあるとは思ってもいなかったので、その出来事は、誠に嫌な、精神的不意打ちを喰らったに等しかった。
龍麻は兎も角、京一は、そんな事態に遭遇すれば、嬉々として、しかも堂々相手をからかい倒すタイプだが、相手が相手だった為に、色事にあけすけ過ぎる彼をしても、陥った状況は心に痛過ぎた。
「京梧? 龍麻と京一は帰ったのか……?」
──敢えて例えるなら、実の親の濡れ場を目撃してしまったような複雑な表情をし、げんなりした足取りで子孫達が逃げ帰って行って直ぐ。
そろぉ……っと、バスルームから、龍斗が顔を覗かせた。
「ああ。お前の様子を見に来ただけだからって、手土産だけ置いて退散してった」
そんな彼に、押し入れから引き摺り出した寝間着を手渡してやりながら、京梧は肩を竦める。
「そうか。……京梧。もしかして──」
「──もしかして、じゃねぇな。俺達が何の最中だったか悟ったから、ばつが悪くなって帰ぇったんだろ」
「やはりな……。致し方ないとしても、出来れば龍麻達の前では、そういう恥は曝したくなかったのだが……」
「…………ま、それこそ、致し方ねぇって奴だ。諦めろ」
真っ白いそれに袖を通し、前を合わせて、けれど、腰紐を締める気力は生まれなかったのか、龍斗は、かなり中途半端な格好のまま、バスルームを出た直ぐそこに、がっくりと項垂れながらしゃがみ込んで、「私は、龍麻の先祖なのに……。これでは、立場も威厳も崩れ去ってしまう……」と、溜息を付き始めた彼に、京梧はあっさり引導を渡した。
「諦めたくない」
「何で」
「龍麻達の前では、先祖然としていたいからだ。でなけれは、みっともないではないか。只でさえ、世話になることが少なくないのに」
けれども龍斗は、ぷすっと小さく頬を含まらせ、不服そうになった。
その辺りは流石に、人間様の世界の諸々に鈍感な彼でも譲れないらしい。
彼等の先祖としての威厳など、最初から無いに等しいが、その事実に気付いているのは周囲だけで、当人達は、未だに威厳を保てていると、盲目的に思い込んでいるので。
「まあ、な。糞餓鬼共に生温く見られでもしたら、腹立たしいだけだしな」
一度は引導を渡したものの、その気持ちは判らなくもないと、龍斗以上に、己には京一の先祖としての威厳が備わっている筈と信じて疑わない、そういう処は誠におめでたい感じに脳内が構成されている京梧は、龍斗の主張に同調し、
「……そうだ、ひーちゃん。どうせ餓鬼共だって、年がら年中ヤるこたヤってんだろ。だってなら、近い内に、あいつ等にも似たような恥掻かせてやりゃいいんじゃねぇか? 痛み分けにならぁな」
一体、どうしたらそんな結論を導き出せるのか、さっぱり判らぬことを言った。
「成程。それは確かに痛み分けだ。お互い様になるな」
が、龍斗は、何一つも疑問に思わず、京梧の意見に賛同し、にこっと笑って。
「京梧。お前も湯を浴びてくると良い。その後で、夕涼みでもしよう」
立ち直った彼は、きちんと寝間着を着直すと、晩酌の支度を整えるべくキッチンへと向かいながら、肩越しに京梧を振り返った。
不夜城の如き繁華街が数多とある東京にしては大層珍しいことに、その日の夜空は墨を流したように真っ黒で、くっきりとした色で煌々と照る月が出ていた。
そんな真夏の月を、狭い部屋の小さなベランダにて肩寄せ合って、京梧と龍斗は眺め。
夕涼みがてらの晩酌を終えると同時に、毎度のように、ドタバタと賑やで色々と激しかった夏の一日も終えた。
────そうして、それより数日が経った、やはり、夏の日。
万年新婚で恋人夫婦な『ご隠居』二名は、散歩にでも行こうかと腰を上げた。
その日の散歩で起こったことは、何処までも毎度の通りだった。
ふらふらしながら新宿中央公園へ行って、龍斗は迷子になって、京梧は迷子の龍斗を捜して。
公園の片隅で、龍斗は京梧に説教されて、京梧は龍斗に説教をして。
互い、ちょっぴり疲れてしまったような顔をしながら、宵の口が訪れるまで、あちらこちらで油を売ってから帰路に着き。
途中で、足先を、子孫達の『仮住まい』へと向けた。
……徒歩十五分前後の所に双方の仮住まいがある所為もあって、蓬莱寺&緋勇の先祖と子孫の間の行き来は、割合に頻繁だ。
浮世離れしている先祖達の面倒を見るのは自分達しかいない、との使命感に京一と龍麻は駆られてしまっているから、子孫達が先祖達の許を訪れる機会の方がダントツだが、先祖達が子孫達を訪れることも少なくはないので、その日、京梧と龍斗が取った行動は、決して不自然ではないが。
数日前の夏の日、「うん、そうしよう」と軽いノリで言い合った通り、傍迷惑なご隠居達のその日の訪問理由は、子孫達の『事』を邪魔して、自分達が掻いた赤っ恥と同程度の赤っ恥を掻かせ、その件に関しては、お互い様の痛み分けに持ち込む、と言う、ほんっっきで傍迷惑なものだった。
なので。
子孫同様、『脅威の野生の勘』を持つ京梧の、「今日辺り、励んでんじゃねぇか?」との勘に従い、子孫達の住むマンスリーマンションへ向かった彼等は、建物が見え始めて直ぐ、何も、そんな目的の為にそこまで張り切らずともいいだろうに、と言うくらい完璧に氣と気配を消し、人間ステルス状態を保ったまま、京一と龍麻の部屋の玄関扉前に立ち。
二人は、知らん振りしてインターフォンを押した。
End
後書きに代えて
先日(2010.05)のスパコミで、晴屋さんにお会いした際に頂いたリクエストに基づいて書いたもの。
うちの京梧と龍斗が、一緒に暮らし始めて最初に迎えた真夏の頃の出来事です。
うちのご隠居達は、色々と駄目な人達です。
……うん、本気で駄目だな。いい歳のくせして……。
我が道を行く子孫達よりも、更に我が道を行く人達なので、迷惑被るのは、常に京一と龍麻。
ま、それも運命。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。