────何時まで経っても、幾度となく京梧に抱かれても、龍斗の躰は、余り、京梧おとこの躰に馴染んだ感を窺わせない。

初めての時、「幾ら何でも男としておかしい」と京梧が呟いてしまった程、彼が、その方面に対して淡白過ぎる所為もあるのかも知れないが、真相は恐らく、『そういう部分』も、何処かがヒトとは掛け離れてしまっているからなのだろうと、京梧は心秘かに当たりを付けている。

それでも、今の龍斗が、京梧に身を明け渡したばかりの頃とは明らかに比べ物にならぬ程、『そちら』に明るくなったのは、躰の覚えでなくて、心の覚えに因る処が大きい。

京梧と情を交わすのに慣れたような素振りや、自ら求めるような素振りすら見せるようになったのも、少なくとも彼の場合は、躰でなく心に因る。

勿論、京梧の、小石で石垣を積み上げるに似た、涙ぐましい努力のお陰でもあるけれど。

…………だから、今はもう遠くなってしまったあの頃、京梧は、龍斗のそんな質と向き合う度、少しばかりの苛立ちと胸の痛みを感じていた。

どう足掻いても、愛おしい人の躰に、自分というモノを刻み付けることは叶わないのだと、何処かの誰かに断ぜられているような気分にさせられたから。

……『あの頃』の一時期、彼が、そんな錯覚を抱いてしまっていたのは、きっと、彼等の若さが理由の一つでもあったのだろう。

若さとは、時に、どうしようもない過ちばかりに満たされた幻影を見せるものだから。

………………でも。

「何時まで経っても、お前の『ここ』は慣れねぇな」

────腕の中の彼の『中』を弄りながら、遠い遠い昔の自分が抱えていた未熟な感情を思い出し、微かに苦笑した京梧は、龍斗の耳許で、ぽそりと囁いた。

「……嫌、なのか……?」

「そんな訳ねぇって。乙なもんだぞ? 何度抱いても初っぽいってのも」

「…………だ、から……、どうし、て……んんっっ。……あっ……、あうっ!」

そうして、奥へと忍ばせる指を増やしつつ、奥の痼りを強く抉って、龍斗に悲鳴のような喘ぎ声を放たさせた京梧は、浮かべていた苦笑を、情事の始まりの頃に見せていた、意地の悪い笑みへと変えた。

……彼が、遠い遠い昔には抱えたこともあった焦燥とも言える想いは、もう疾っくに、決して還れない過去の思い出でしかなく、自ら告げた通り、彼は今では、そんな龍斗の躰を心底愛おしいと思っているし。

躰も心も何も知らなかったあの頃も、躰が覚えようとしない沢山のことを、躰でなく心が覚えた今も、龍斗は、京梧にはひたすら柔順で。

「……欲しいか?」

──と、低い声で問えば。

「欲しい…………っ」

──と、憚ることなく素直に応えるから。

「なら、今直ぐくれてやる」

頬を歪める風に笑みを深め、龍斗の腰を抱え直し、京梧は、昔通りに狭い龍斗の中に自らを穿った。

穿ちながら、誠に愉快そうな、されど少しばかり酷薄な感じに、又、笑みを塗り替えて、押し入った人の耳許に唇を寄せ、再び、何やらを囁く。

「な……。……京……、あっ……」

途端、龍斗は頬を赤く染め、非難らしい言葉を口にし掛けたけれど、それは、嬌声に飲み込まれた。

────耳朶を舐め上げながら京梧が彼に囁いたのは、淫乱、の一言だった。

唯、欲を貪る者、欲に溺れるだけの者を、淫乱とは言わない。

……少なくとも、京梧はそう思っている。

その言葉は、自ら進んで欲を求める者でなく、肌を合わす相手の求めに従順に応え、求められるままに己の全てを差し出す者に相応しい筈だ、と。

故に、京梧にとって、誰よりもその言葉が当て嵌まるのは龍斗だ。

そのくせ、躰の方は何時まで経っても……、なのだから……────

「何が遭っても手放せねぇ、掌中の珠って奴だな」

────もう、己を抱く者の呟きも聞こえていないだろう龍斗を細やかに見下ろした京梧は、我知らず、ペロリと舌舐めずりをしながら責め始めた。

諸々の事情で実年齢はこの世の謎と化してしまったが、身体年齢は三十代後半との認識で間違いないらしいのに、未だに京梧はお盛んなので、事に傾れ込んだが最後、一度で終わることは滅多にない。

余り世間様に公言出来ることではないが、どうしたって、それは揺るがぬ現実で、その時も、未だ宵の口と言う頃合いだったのも手伝い、終えたばかりの一度目の名残りを引き摺り、とろん、とした目付きのままの龍斗に、彼は再度覆い被さった。

龍斗も龍斗で、京梧は強壮なのが当たり前で、そうでない彼など医者に診せた方がいい、との認識でいるので、詰りもせず、腰の括れに絡んだ腕に甘え直したのだが。

「……ん?」

「……あ…………」

汗ばんだ互いの肌が添った丁度その時、悟れなければ幸せだったろうことを、二人は悟ってしまった。

と言うか、彼等の感覚が『それ』を勝手に拾った。

「京梧…………」

「……風呂行け、風呂」

その直後、龍斗はあたふたしながら、半ば這うようにユニットバスの中に籠り、京梧は、脱ぎ捨てた着物を拾い上げつつ窓辺に近付き、威勢良く窓を開け放つ。

──彼等の感覚が察知したのは、自身達の子孫二名の氣と気配だった。

例え相手が誰だろうと、邪魔されたくない『事』の真っ最中に不意の訪問を受ければ、居留守を使いたくなるのが人情で、大半の者がその手を使うだろうし、不意の訪問者──正しくはその気配──が子孫達でなければ、京梧と龍斗も知らん振りを決め込んだろう。

だが、選りに選って、やって来たのが子孫達だったから、先祖な彼等は居留守を決め込めなかった。

こういう時には激しく厄介なことに、揃って、氣や気配が簡単に読めてしまう『特異体質』の持ち主な先祖達及び子孫達は、誰かや何かを探す時や、誰かの不在を確かめる時、常人には感じられぬそれを探るのが半ば条件反射と化しているから、居留守なんか使ってみた処で無駄な足掻きにしかならない。

どうしようもない赤っ恥だが、これが、『事』が最高潮盛り上がっている最中だったなら、やはり氣と気配で子孫達はタイミングの悪さを察しただろうが、盛り上がるのはこれからと言う時では、子孫達とて、幾ら何でもそこまでは察してくれないし。

運の悪いことに、第一ラウンドを終えて直ぐの第二ラウンド突入寸前だったが為、若干だとしても、常よりは子孫達の訪れを察知するのが遅れた筈で、ということは、今更、氣や気配を消しても手遅れだ。

絶対、在室は悟られている。

だから、下手に居留守なぞを使えば、普段は子供扱いしている子孫達に色々勘繰られて却って赤っ恥になるから、京梧と龍斗は、諸々を誤摩化し、素知らぬ振りようと咄嗟に決めた。

…………まあ、何をどうしてみた処で、二人が何をしていたのか、同じ穴の狢な子孫達にバレるのは時間の問題なので、結局の処、赤っ恥なのだが。