東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編

『息子さんを僕に下さい』

時代や刻を越えて、現代にての再会を果たした幕末時の先祖達のあれやこれやに自ら進んで巻き込まれた所為で、バタバタとした騒々しい日々ばかりを送ることになってしまった、その年のゴールデンウィークが終わって世間様が少しばかり落ち着きを取り戻した頃。

ある側面から見遣れば、とても厄介な先祖達の世話役に就いてしまった蓬莱寺京一と緋勇龍麻の二人は、借りているマンスリーマンションの狭い自室の片隅で、この上無く珍しく、二人揃って部屋の備品の姿見を覗き込んでいた。

「……なあ、ひーちゃん。俺まで、こんな堅っ苦しいカッコしなくてもいいんじゃねえの?」

「駄目。『こういう時』は、格好だってきちんとするのが世間の常識の筈なんだから、いい加減なこと言わない。こんな言い方したくないけど、唯でさえ、俺達、『普通』とは言えないんだから、これ以上、俺の寿命縮めない為にも、それなりの格好くらいして」

彼等が、己達の出で立ちを確かめる為に、しかも、仲良く肩並べて鏡を覗き込む、という事態からして珍しいのに、更に珍しいことに、二人は今、『余所行き』な姿だった。

スーツを、とまでは行かないが、シャツの上に背抜き仕立てのジャケットを羽織って、きちんと折り目の付いたパンツを履いた、まあ、人様の家を訪問するには失礼に当たらないだろう出で立ち。

そんな自分達の身支度へ、何もここまで……、と小声の文句を吐き出した京一も、そういう訳にはいかない! と彼を一睨みした龍麻も、鏡に映し込んだ面は強張っていた。

────高校三年の春に知り合って以降、あれよ、という間に、親友で、相棒で、戦友、という関係を築き上げて数年後、激しい紆余曲折を経て、自分達の間柄に、恋人同士、というそれをも加えた彼等は、先日、六年振りに揃って京一の生家を訪れた際、己達の『そんな関係』を、京一の両親は悟っているのかも知れない、と思い知らされた。

どんなに隠し通そうとした処で、親には、『そういうこと』を隠し通すのは不可能に近いのかも、ということも。

なので、帰国と近況の報告に行った京一の生家よりの帰り道、二人は、それぞれの両親には、きちんと、己達の真実の関係を打ち明けた方がいいのだろう、と意を決し。

それより過ぎた約三ヶ月の間、現代初心者な先祖達の世話を焼く傍ら、幾度か、自分達だけで話し合いを重ねた彼等は、覚悟を決めて、先ずは京一の両親に頭を下げに行くことにした。

誰に何を言われたからと、関係を清算するつもりなど二人には更々なく、実際、彼等の結び付きは、世間に誹られた程度でどうこうなるような浅いものではないが、昔に比べれば、大分『その手合い』のこともオープンになってきた今日日とは言え、やはり、同性愛は後ろ指を指されることの方が多い、との認識は、京一にも龍麻にもある。

世間から見遣れば、自分達の関係は『異常』と相成ることも、秘密の関係にしておいた方が『穏便』であることも、彼等とて判っている。

が、だからと言って、一生涯、それぞれの両親にまで嘘を突き通せる筈も無い、と悟ったので。

最悪は、縁切りだの勘当だのといった事態にまで発展するだろうのを覚悟で、二人は、互いの両親にだけは、自分達の本当を打ち明けることにしたのだ。

その為に、先ず、京一の両親を訪ねることにした第一の理由は、単純に、そちらの方が近いからだが、もう一つの理由は、恐らく、先に龍麻の両親に打ち明けるより、色んな意味での常識がおかしい、カッ飛んでいる己の両親に打ち明けた方が、互いの心に優しいだろう、と京一が言い出したからだ。

あの二人なら、多分、何を打ち明けても頭から否定はしないだろう、と。

そんな相方の意見に、確かに、蓬莱寺のおじさんとおばさんなら、有り得ない話ではない、と龍麻も淡い期待を抱き。

ハードルが低いだろう方から攻略することにした二人は、数日前、大事な話があるから訪ねる旨を京一の両親に電話で伝え──そして、やって来た約束の日。

即ち、今日。

「ね、ねえ、京一。こういう時って、手土産とか持ってった方がいいのかな」

「……修羅場になるかもってのが判ってて、それは間抜けじゃねえ?」

「でも、手ぶらって訳にはいかない気が……。……ああ、どうしよう。こんなこと、誰にも相談なんか出来ないし……。…………うん、やっぱり、何か持ってく! 多分、その方が人の道に外れない!」

「じゃあ、未だ時間あるから、駅前のデパートでも行くか?」

「うん。……何がいいかな、おばさん、甘い物好きだよね。でも、おじさんはお酒の方がいいよね。無難なのは洋菓子とかかなあ……。おじさんでも食べるゼリーとか……。……ううううう、胃が痛くなってきた……」

「そこまで気にすんなって。……ほら、行こうぜ」

余り堅苦し過ぎる格好で訪れても、何事? と思われ兼ねないから、支度はこれくらいでいいと思うことにして、と鏡を覗き込むのを止めた二人は、今度は、手土産をどうするか言い合い。

この世の終わりを迎えてしまったような、蒼白な顔色になった龍麻を京一が宥めつつ、緊張感を漂わせながら部屋を出た。

その日も賑やかだった新宿駅前のデパートの製菓売り場等々を、たっぷり小一時間彷徨い歩き、やっと購入した手土産片手に京一の生家の門前に立った時、龍麻の顔色は既に、蒼白を通り越し、紙程も白くなっていた。

「ご、御免、京一……。一寸待って…………」

「……ひーちゃん、大丈夫か?」

「うん……」

両手で、手土産の入った紙袋をガッチリ握り締めつつ、激しく悲壮な顔をして、激しく悲壮な声で、深呼吸する時間をくれ、と乞う彼の背を、京一は、幾度か撫でてやる。

何時もなら、何をそんなに固くなって、と龍麻の緊張を呆れながら笑い飛ばし兼ねない京一も、今日ばかりは、唯々、龍麻を思い遣り。

「もう、平気か? それとも、もう一寸休むか?」

「………………大丈夫。何時までも、ここに突っ立ってられる筈無いって、判ってるから……」

「んじゃ、行くぞ? いいな?」

「う、うん……。多分、ダイジョブ……」

足が竦んでしまっている風な彼を、京一は、ひたすら優しく促しながら。

龍麻は、そんな京一に促されるまま。

六年と数ヶ月前、この世界の命運を定めるべく、魔人・柳生崇高との戦いに挑んだ時よりも遥かに恐ろしいモノに挑む足取りで、二人は、蓬莱寺家の門を潜った。