──龍麻の母の号泣が余りにもインパクトがあり過ぎたので、あそこから先の話を言い出し倦ねた息子達の心情を察してくれたのか、先に話の口火を切ったのは夫妻の方だった。

彼等の話によれば、本家筋ということもあり、大半の親戚は良くしてくれたり理解を示したりしてくれたけれども、十代の内に結婚したことにも子宝には恵まれなかったことにも、当時は未だ二十代前半だった彼等が龍麻を養子に迎えたことにも、一々嫌味やご高説を垂れてきた口差がない親類縁者は若干おり、おっとりした感じの父も、一見は大変大人しそうな母も、そんな親戚達相手のガチンコバトルを真っ向から受けて立ち、特に母の方は、その外見からは想像も出来ない『激しい戦い』を何度もやって退けたことがあるとかで。

ご高説だけは達者な親戚達が大人しくなって、もう十年の上は経つそうだが、そんな経験をして来ている所為か、跡継ぎ等々の話になると、彼女の真情は甚く揺さぶられるらしく。

「本当に御免ね。お母さん、ああいうことでは取り乱しがちで……。あ、でもね、だからって龍麻に、お母さんが望む通りにして欲しいとは少しも思っていないのよ? そんなのは親の勝手だって思うもの」

一頻り、そちら方面に関する昔話を語ってから、彼女は、息子達を見比べつつモジモジしながら言った。

「お父さんも、お母さんと同じ考えだよ。龍麻には苦労のない人生を送って欲しいと思うけれど、それは多分、お父さん達だけじゃなくて、子供を持った親なら誰もが思うことで、でも、何が幸せで何が苦労かを決めるのは、龍麻だからね」

どうも、今度は何やらに照れ始めた様子の妻を、ほのぼのとした眼差しで見遣り、そっと手も握ったりしながら、父の方も、穏やかな調子の声で語ったので。

「……あの、御免。確認させて貰ってもいい……?」

然りげ無くラブラブな両親を交互に見詰めてから、龍麻は、怖々と伺いを立てた。

「何を?」

「二人共、俺と京一のこと、反対とか、怒ったりとか、してない……?」

「えっ? 何でだい?」

「二人の、好き合ってて添い遂げたいって気持ちを、お母さん達が怒ってどうするの? 怒ることでもないと思うし。二人共男の子だから、お式とか挙げられないのは詰まらないってお母さんは思うけど、龍麻にも京一君にも、一寸、ドレスは期待出来ないものねぇ……」

「…………うん。それは、間違っても期待する処じゃないと思う。って言うか、問題、そこじゃないよね」

「それに、そういうことなら、お母さんも頭切り替えるから平気よ。家のことは、親戚連中さえ黙らせれば何とでもなるし、お母さん、その手の喧嘩は得意よ! ──それにしても、龍麻ってば。そういう話があるならあるで、ちゃんと電話で言ってくれれば良かったのに、もーーー……。お母さん達にだって、心の準備は要るのよ? 将来を誓った人を連れて来るって、教えてくれなきゃ困るじゃないの。いきなり言われたから、お母さん、二人のこと見てるだけで照れちゃうじゃない」

「……………………え。いや、だって……」

「だって、何?」

「…………えーと、すいませんでした……」

養父母の口から飛び出す科白が科白だったので、多分、反対はしてないんだろうな、と思えたが、やはり、きっちり確かめたくて、一応は決死の質問をオドオドと繰り出してきた息子に、夫妻は、「反対? 誰が? 何の?」との風情で受け答えをした挙げ句、そんなこと出来る訳がないと、龍麻は一〇〇%言い切れることで叱り始めたので、「自分の育ての親は、こんな人達だったろうか?」と、幾度も激しく自問しながら、言い掛けた反論を飲み込んだ龍麻は、大人しく、理不尽なお叱りに頭を下げた。

「こういうことは、ちゃんとしなきゃいけないことなんだから。……あ、ちゃんとしなきゃいけないって言えば、京一君のご両親は、この話はご存知? ご存知なら、ご挨拶した方がいいわよね。京一君、どう思う?」

「……あー。家の親は、色々といい加減なんで、余り、気にしな──

──でも、そういう訳にはいかないんじゃないかな。もしも、蓬莱寺さんのご都合が良いならの話だけれど、親戚みたいな関係になるんだから、ご挨拶ぐらいはさせて頂かないとな」

────どうやら、龍麻の養父母は、色々なことの『テンポ』がずれていて、且つ、おかしいらしい。

息子相手に再び軽い説教を飛ばしている最中、そうだ、と唐突に思い至ったらしい夫婦は、今度は京一に向かって、口々に思うことを言い募り始め、

「ええと……。そ、そういう話は、又、追々で……。今回は、報告に伺っただけっつーか、そんな感じなんで……」

両家で顔付き合わせて挨拶を、とか、そういう話をしに来たんじゃねえんだけどなー……、と言ってしまいたいのをグッと堪え、京一は、無難な答えを返しながら、愛想笑いで誤摩化した。

「ああ、それもそうだね。なら、この話は又今度にしようか」

「焦って話を進めるのも、良くないでしょうしね」

彼のその、誠に当たり障りのない言い訳と誤摩化しの笑みを、すんなり夫妻は受け入れ、「でも、年内中には東京に行った方がいいんじゃないかな」的な会話を交わしつつ、夕飯にするからと息子達へ言い残し、揃って、いそいそ台所へ消えて行った。

「………………ひーちゃん。俺、こっち来るまでしてた予想と、全く違うことで冷や汗掻いた……」

「俺も……。二人共、一寸普通とは何処かずれてるのは判ってたけど、あれは予想外だった……」

直ぐそこの扉の向こうに仲睦まじい夫婦が吸い込まれて行った直後、ハァ……と大きな溜息を付いて、ガクリと項垂れる風に肩の力を抜いた京一と龍麻は、再び、ボソボソと洩らし合う。

「……二人のノリって、何となく、龍斗サンのノリに似てねえ……?」

「似てる……。人の話、聞いてないこと結構多いのも似てる……」

「………………遺伝って、怖ぇな……」

「うん…………。……俺、見た目は兎も角、中身は、あんまり龍斗さんに似てなくて良かった……」

暫く、まるで毒気に当てられたように、猫背になって身を小さくし、ブツブツボソボソ、彼等は零し続けて。

「でも、良かった……かな。義父さんと義母さんに、ああいう風に言って貰えたのは、良かったって言うか、一安心ではあるかなあ……」

「……まあな。それは、俺も思う。何となく、肩の荷が下りたっつーか、そんな感じになれたから。でも、俺達のことで、ひーちゃんのお袋さん泣かせちまったのは確かだから、そこんトコだけは申し訳ないっつーか、何つーか……」

「それは、まあ……。でも、どうしようもないことだから、こっちも開き直るしかないよ」

「確かに……。……ま、当分は、両方の親の気の済むようにして貰うとするか。どーせ、馬鹿シショー達の面倒も、当分見なきゃなんねえし」

「そうだね。義父さん達、京一の家に挨拶ー、なんて勝手に盛り上がっちゃってて、正直、すんごく恥ずかしいって言うか、針の筵再びな気がしてならないけど、それで満足してくれるなら、そんなことくらい、って思えるから。只でさえ俺達には、色んな『事情』の所為で到底親孝行なんて出来ないから、出来ることはしとかないと、かな」

でも、何方の親とも修羅場を踏まずに済んだし、有り難いとしか言い様の無い言葉を貰えたし、心の隅にずっと引っ掛かっていたことが綺麗に片付いたような気持ちにはなれたから、少しくらいは親達の思う通りにしなければ罰が当たるだろうと、二人は、苦笑混じりの笑みを交わし合った。

「…………良かった……んだよな」

「良かった……んだと思う」

「だよな。死ぬまで、ずっと……って、決めちまったもんな」

「……うん。お互いの親に、足向けて眠れなくなっちゃったけどね」

それからも、幾度か、『言葉には出来ない何か』を確かめるように、振り払うように、小さな声のやり取りをしてから。

ようやっと、面持ちを変えて立ち上がった二人は、酷く照れ臭く思いつつも、何か自分達に手伝えることがあるならと、肩並べてキッチンを覗きに行った。

────それより数ヶ月が過ぎた、秋の祭囃子が聞こえ始める頃。

龍麻の両親が言い出した通りに実行された、両家で挨拶、という、覚悟はしていたが、龍麻や京一にとっては『二泊三日の恥曝し』以外の何ものでもなかった『儀式』も、無事には終わった。

本当に本当に、海の向こうにトンズラしたくなる程に小っ恥ずかしかったし、事の顛末を知った先祖達にも、その時は地球の反対側にいた宝探し屋な弟分達にも、盛大に面白がられる、というオマケは付いてしまったけれど、己達の関係を思い切って打ち明けたのは、やはり良かったのだろうと、二人は、改めて心から思った。

彼等に嘘を吐かなくてはならないことが、一つ、減ったから。

『少々特異』な運命と共に人生を辿っている二人には、『その運命』から遠く隔たった世界に生きている親達には話せぬことも、嘘を吐き通さなくてはならぬことも多いから。

それも又、身勝手な想いなのかも知れずとも、此度の出来事は、二人にとっては、紛うことない、幸福、だった。

End

後書きに代えて

それも又、我が儘な思いな気もしますが、京一も龍麻も、『力』のことなんか何にも知らない親達には、どうしたって嘘ばっかり吐かなきゃいけないので、一つくらいは『秘密』を打ち明けちゃいたかったのかも知れません。

僕達、同性愛してます、と白状するのは、彼等でも勇気が要った模様ですが、ま、それくらいの試練はねー(笑)。

但、うちのは、京一の方も龍麻の方も、方向性こそ違えど、ちょいとズレてる人達なので、全然試練になってないような。……ちっ(あっ)。

──まあ、これで親公認になったんだから結果オーライでしょう、きっと(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。