以降、盆が明けるまで、京梧も龍斗も、天戒のみならず、あの頃の仲間達に絡む話は一つもせず、天戒の名すら一度も出さなかった。

だが、天戒の御霊は確かに西新宿の道場に在り続けて、一人、愉快そうに彼等の日常を眺めていた。

彼がそんな風にしているのを龍斗だけは弁えていたが、京梧の目の届かぬ所で細やかに天戒と語らう以外のことはせず、蓬莱寺家や阿門邸から戻って来た宵っ張りな子供達も寝静まった真夜中、京梧が、客間の精霊棚の前で『独り言』を言いつつ呑んでいるのも、見て見ぬ振りをし。

京梧も京梧で、龍斗には気付かれていると判っていながら、夜な夜な『独り酒』に耽っているのを、自らは打ち明けなかった。

子供達は、唯、今年の盆は少しばかり何時もと雰囲気が違う、と言うのと、やたらと酒の空瓶が出ることに、不思議そうに首を傾げるばかりで。

────自身達の厳命に珍しくも大人しく従った子供達と共に、京梧と龍斗が盆の送り火を焚いた夜。

「シショー。盆の間に、何か遭ったんじゃねえの?」

火の始末を終えて、道場二階の茶の間に戻った直後、京一が、京梧の顔色を窺った。

「あ? 別に何もねぇが?」

「なら、いいけどよ。どうにも、こう……葬式に行って来たような顔してたから」

「縁起でもねぇこと言ってんな、馬鹿弟子。第一、葬式に行って来た顔ってな、どういう顔だ」

「あーー…………。寂しい、みたいな?」

「………………頭だけじゃなく、目も腐ったのか? ……ああ、元っから、てめぇの目は節穴だったっけかな」

「ざけんな、馬鹿シショー。人が気ぃ遣ってやったってのに、何なんだよ、その言い種!」

「本当のことだろうが。そもそもな、黙って待ってろっつってんのに、来年の盆もノコノコ来やがるだろう馬鹿を見送るのに、寂しいもへったくれもあるか。俺のこのツラはな、厄介払いが出来て清々した顔ってんだ」

「……はあ? 何の話してんだ? 馬鹿シショー」

細やかな気遣いを発揮し、チロリと見遣って来た馬鹿弟子な子孫を不機嫌そうに睨み付け、京梧はぶつぶつと垂れて、

「来るだろうな、来年も。この先は、毎年でも。どうやら、味を占めたらしいから」

彼の『ぶつぶつ』の意味する処を、裏表含めて正確に理解出来る唯一の龍斗は、くすりと忍び笑う。

「趣味の悪りぃ話だな、おい」

「それを趣味が悪いと言うなら、お前の趣味も悪かろう。……違うか?」

そうして、はっきりと顔顰めた京梧へ、彼は今度は悪戯っぽく笑って、

「……甲ちゃん。ご隠居さん達の会話から察するに、今年のお盆は、龍斗さんしか視えない人が来てた、ってことだよな? でもさ……」

「それがどうした。何か不思議か、九ちゃん? 俺達には視えない奴等が龍斗さんの周りに張り付いてるのは、何時ものことだ」

「あれ? でも、何で、誰か来てたのが京梧さんにも判ったんだろう。京梧さんには視えない筈なのに」

「そーです、そこです、龍麻さん! 俺が訴えたかったのはそこですっ。もしかして、京梧さんにも霊感が芽生えたとかですかね?」

「それはないんじゃねえ? 俺が言うのも何だが、蓬莱寺の家には、霊感に恵まれるような繊細な奴は生まれねえ」

「霊感ではなく、朋同士の絆の賜物だ。視えずとも聞こえずとも、繋がっているだけ。……そうだろう、京梧」

「…………うるせぇ。その口噤んでろ、龍斗。餓鬼共もだ、いい加減黙りやがれ、鬱陶しい」

隠居達の謎めいたやり取りを小耳に挟んだ子供達が、半分以上的外れなことを好き勝手に言い合うのを横目で眺めながら、龍斗は唯々笑み続け、盛大に臍を曲げた京梧は、ぶすっと顔を顰め、一人、窓の外の夜空を見上げた。

End

後書きに代えて

幾ら、うちの龍斗がメルヘンの世界の人とは言え、流石にこれはファンタジー過ぎかなあ、と思いつつも煩悩に正直に書いた、京梧と天戒の友情物語。

私の脳内では、京梧と天戒の仲はとても良いです。

良いと言うか、言葉にするなら、それこそ、ダチ、って奴かな。

「友人、と言う枠のみに当て嵌められる相手が、君達にはいないだろう?」と(私が)言いたくて堪らない者同士、とも言うかも(笑)。

何はともあれ、うちの彼等は、「一緒に酒が飲めれば、取り立てて多くを語らずともいいか」的な、野郎同士特有の間柄、とだけは言える。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。