東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編
『さらば、青春』
二〇〇六年の年の瀬が、もう直ぐそこに迫り来た頃。
一言で互いの関係と間柄を語るのは激しく難しい、が、最も手っ取り早く説明するなら、恋人と言う単語を当て嵌めるのが妥当な相手である緋勇龍麻に、蓬莱寺京一は、いい加減にしろ、と盛大に蹴り飛ばされた。
彼が『彼』に蹴り飛ばされた理由は、口が酸っぱくなるまでの説教をされても、相変わらず、世界中を放浪している己の現状と所在地を、生家の両親に報告しようとしなかったからだ。
要するに、京一のズボラな部分に、龍麻がプチっとキレたから。
なので、背中や腰に、くっきり痕が残る程の蹴りをくれられた京一は、腕組みしつつ仁王立ちした龍麻の監視の下、渋々、生家に連絡を入れた。
色々と遭って、十一月の十日過ぎに日本に帰って来た旨と、今年の年末年始は日本で過ごす予定であることと、この先、日本での『塒』の筆頭になる、新しい連絡先も兼ねた場所が出来たことを伝える為に。
だが、元々から己の息子に関しては放任主義な処があり、且つ、『様々な事情』の所為で、二〇〇五年の晩春以降は頓に、息子自身の責任の範疇で好き勝手にさせていた京一の両親は、帰国していることや年末年始の予定を彼が伝えても、電話越しに、「ふーん」と言ったきりで、が、そのくせ、新たなる連絡先兼『塒』──西新宿の片隅に設立されたばかりの『拳武館道場 西新宿支部』の話を聞かされた際だけは、若干、エキサイトしている風な反応を見せた。
報せの電話に出た、息子のやることなすことに余り興味を示さない──風に傍目には見える──京一の母が、何故、その時のみ嬉々とした弾む声を出したかと言えば、
「ってことは、今度から、お前と龍麻君が厄介になることも増える、神夷さん達が任されたって話の西新宿の道場は、あんた達の引っ越し先も同然ってことよね。実際、そうなんでしょ? だったら、家に置きっ放しの荷物、そっちに持ってって頂戴。そうすれば、お前の部屋が片付いて、色々に使えるから」
と、即座に思い立ったからのようで。
その所為で、思い掛けず京一は、母に命ぜられるまま、又もや渋々、龍麻や、やはり、その年の年末年始を日本で過ごすべく帰国して来た、彼等の弟分な宝探し屋とそのバディの、葉佩九龍及び皆守甲太郎に手伝って貰いつつ、西新宿の例の道場から歩いて行ける距離にある生家から、己の荷物を運び移す労働をさせられることになった。
そういう訳で、クリスマスが過ぎたばかりの師走のその日。
山程の事情が様々に絡み合った果て、百数十年の刻を隔てた現代にやって来て、そのまま逞しく現代社会を生き抜いている、生まれと育ちは幕末な、京一と龍麻の先祖の蓬莱寺京梧と緋勇龍斗の二人が『一応』の家主である西新宿の道場一階──道場の床板が痛まぬように、ちゃんと厚いシートは敷いた──には、生家から運んで来た京一の荷物と、京一がそうだったように、実家に連絡を入れた際、「だったら、少し荷物を引き取って」と言ってきた育ての母が送り付けて来た龍麻の荷物が、ごっちゃり、積み上げられていた。
龍麻の育ての両親は、客観的に見て、一般的なレベルからはかなり外れているけれども、京一の両親よりは未だ常識人なので、育ての母が龍麻に宛てた複数の箱の中身の大抵は、一見は不要品だが、処分か保存かの判断は龍麻にしか出来ない微妙な物、といった品々だったから、どうするにせよ大して困る物達ではなかったが、問題は、京一の方で。
生家で処分して欲しい、と頼んだにも拘らず、子供の頃に溜め込んだ古いゲーム機やゲームソフト等々に至るまで、「全て持って行け。処分は自分でやれ」と母にヤラれたものだから、分別からして大騒ぎだった。
だからと言って、そんなことに京梧や龍斗が手を貸す筈も無く、昨今は中々複雑なゴミの分別に関する知識を一番持っていたのは、その手のことに何故か妙に細かかった甲太郎のみで、きっちりとしたゴミの分別、などと言うことに神経を使えない大雑把過ぎる京一を捕まえ、甲太郎がクドクド講釈を垂れる傍らで、九龍は、「ゴミの山、それ即ち宝の山!」と叫びつつ、調合その他に使える物はないかと盛大に『ゴミ』を引っ繰り返し始めてしまい、龍麻は龍麻で、始めの内は真面目にやっていたものの、次第に飽きて、発掘した京一の小学校時代や中学校時代のアルバムなどを、手伝うつもりはこれっぽっちもないのに、二階から冷やかしに下りて来た京梧や龍斗と共に眺め始めてしまって。
午前の早い内から始まったその騒ぎが、後は『大物』を残すのみ、となったのは、年長の『ご隠居』二人が、「そろそろ晩酌でも……」と言い出した頃だった。
長年埃に塗れていた物を否応なく引っ掻き回した所為で、自分達も埃塗れになった若人達が風呂を使い終えた時、既に、薄情なご隠居達は晩酌を始めており、途中でサボった為、未だ元気が余っていた龍麻は、酷く疲れ切った様子の甲太郎を宥める意味も込めて、さっさと晩酌の相伴にあり付いたが。
サボった訳ではないけれども、好き勝手なことばかりに勤しんでいたからか、未だ未だ元気を余らせていた京一と九龍は、荷物の中から引き摺り出して来た古いビデオデッキを茶の間に持ち込んで、未だ使えるのか? とか、壊れてるなら分解してみたい、パーツが取れるかも知れないから、とか言い合いながら、新たなる格闘を始めていた。
「京一さん、何か、適当なテープありません?」
「あー、下に行きゃ、何本か転がってんじゃねえ?」
「そっか。じゃあ、取って来……──。……あ、これ、何か入ってる。丁度いいや、試してみよーっと」
「ん? 入れっ放しだったか? 多分、さやかちゃんのライブのビデオとか、そんなんだと思うけど、いい加減、黴びてねえ?」
二十一世紀に突入して数年が経った今日日、VHSのビデオデッキなど既に時代遅れな感が否めないけれど、使用には耐え得るなら、他の使えそうな品と共にリサイクル屋にでも持ち込めば、多少の金にはなるかも知れない。例え雀の涙程度の引き取り金額だったとしても、拳武館長の鳴滝冬吾に押し付けられた道場建築費の莫大なローンの所為で、『ご家庭の財政』的に先行きが酷く暗いこの家の財布事情には優しい。と、世知辛く、涙ぐましい事この上無い発想で以てデッキの無事を確かめようとした二人は、家主の隠居達の主義の所為で、『近代設備』とは全く縁のないこの家の茶の間にも一応は置かれている小さなテレビに、デッキを接続してみた。
…………と。
「厭ぁん。駄目よぉ、そんな所に触っちゃ。イケナイ子……──。……ああ……ん……」
────うきうき、九龍が配線を終え、どれ、と京一がテレビとデッキの電源を入れ、リモコンの再生ボタンを押した途端。
画面には、古びたテープであるのを示す、若干ブレて滲んだ映像の中で、脱がされ掛けの白いブラウスから、ボン! バン! ……としか表現のしようのない乳房を食み出させている女性の姿が映り、スピーカーからは、鼻に掛かった、至極わざとらしい喘ぎ声で語られる、声と同じくらい至極わざとらしい科白が響いた。