その途端。
「あっ! 甲ちゃん、エロビデオだ!」
「……だから?」
最近は余り見掛けなくなった、家族全員の名前から磯の香り漂う某・国民的ほのぼの家庭アニメに登場するような昔懐かしい雰囲気を、これでもか! と保っている茶の間にて、家人達が媒酌と洒落込めるような時間帯に、思い掛けず再生されてしまったアダルトビデオの画面をビシっ! と指差して、九龍は、「エロビデオ!」と叫び、が、甲太郎は、横目でのみ画面をチラ見しつつ、「それがどうした?」と冷めた風に応え、
「ああ、これか。突っ込んであったの」
「うわーー、久し振りに見たーーー!」
ナチュラルに先祖達の晩酌に混ざりつつ、京一と龍麻は、肩並べて画面を眺めながら、随分と懐かしい物が、とケラケラ笑い出し、
「………………?」
「………………」
両の指先で燗酒が注がれた猪口を支える姿勢を保ち、無言のまま、何やら問いた気な視線を送って寄越した龍斗から、京梧は、やはり無言のまま、関わりたくない、と顔全体で訴えつつ、わざとらしく視線を外した。
「とっても、一昔前のエロビデオって感じですなー。……京一さん、これ、何ですか?」
「さーて……。何だったっけな……。……ひーちゃん、これのタイトル憶えてっか? ベッタベタだった憶えはあるんだけどよ」
「んー……。確か、『高校教師 イケナイ放課後』とか、そんなんじゃなかったっけ?」
「…………京一さんの趣味が、一発で判るAVだな」
「うん。京一、年上好きなんだよねー。エロビデオの好みもそっち系なんだよねー。あれっっだけ、実のお姉さんのこと怖がってるくせに」
「……ほうほう。ってことは、京一さんはシスコンですか?」
「違うっての! 誰がシスコンだ! 歌舞伎町の知り合いが、無修正版譲ってくれたから持ってただけだ。それに、ひーちゃんだって、これ、好きだったんだぜ。何度貸してやったことか」
「何だ、龍麻さんも年上好みか? それとも、無修正だからか?」
「え? 俺? 俺は、何と言うか……」
「ひーちゃんは、歳よりもスタイル重視派。出るトコ出てて、引っ込んでるトコ引っ込んでる、コーラの瓶みたいなスタイルのネーチャンが好みなんだよ、ひーちゃん」
「あ、それ判ります! 俺もスタイル重視派です! いいですよね、ナイスバディ!」
「九ちゃんは、スタイル重視じゃなくて、単なる洋物好きだろ。一番は、確か、金髪だったよな」
「……そう言う甲ちゃんは、AVなんか興味ありませんって顔して、清純派なのが好みじゃんかっ」
「えっ!? 清純派? お前が!?」
「うわー……。意外……。甲太郎って、そういう趣味だったんだ……」
「うるさい! あんた達に、AVの好みを兎や角言われたくないっ!」
────何も、『一家団欒』とも言える最中に、意図せず再生されてしまったアダルトビデオなど見続けず、とっとと停止してしまえば良かったのに。
そうすれば多分、話はそこで終わっただろうに。
若人四名は、学生服姿の男優にあられもなく抱き付きながらのAV女優が、うふんだの、あはんだの喘ぎ続けているビデオを冷やかしつつ、勢い、各々の『好み』の傾向に至るまでを語り合った。
同性同士なれど、四名は二組のカップルでもあるので、もう、その手の物には疾っくに縁がなくなったけれど、未だ、お相手が定まってもいなかった『ぴっちぴち』の十代の頃は、各自、それなりにはお世話になった、或る意味青春の思い出の一つで、下半身的には、やはり青春の一ページに於ける相棒でもあるので、話が弾むのは、自然な成り行きではあった。
男には男のみの性もあるし、彼等の心も、一応、アダルトビデオに絡む話如きに目くじらを立てる程、狭くないので。
若干一名、そうとも言えぬ者がいなくもないが、それはまあ、扨措いて。
因みに、各々の連れ合いが証言した通り、京一は、女性教師とか人妻シリーズのような年上の女性系のネタが好みで、龍麻は、主演のAV女優のスタイルが抜群であれば、シチュエーションその他はどうでも良いタイプで、甲太郎は、シチュエーションも主演女優のタイプも清純系がお気に入りで、九龍は、乳房の豊かな金髪美人が主演の洋物AVが好物だ。
「……盛り上がっているらしい処、すまない。一つ、訊きたいのだが」
────と、まあ、そんなこんなで、若人四人は、ぎゃあぎゃあと、馬鹿話に花を咲かせ続けたが。
そこへ、真っ向から水を差す者が現れた。
そう、メルヘンの世界の人──もとい、龍斗。
「はい? 何ですか、龍斗さん?」
とは言え、彼の問い掛けに応えた龍麻も、他の三名も、どうせ、彼の訊きたいこととやらは、『びでお』とは何か、とか、『えーぶい』とは、とか、『あだると』って何だ、とか、その手のことだろうと踏んで、気楽に振り返った。
「それは、何なのだろうか」
「……えーーーと。何て説明すればいいか……」
「んーーー……。動く春画……みたいなもんですかねー。春画みたいなお芝居って言うか」
すれば案の定、ふん? と小首を傾げながらの龍斗が、『あだるとびでお』とは何ぞや、と尋ねてきたので、ああ、やっぱり、と頷きつつも、龍麻は説明に詰まり、んー……、と悩んだ彼に、九龍が助け舟を出す。
「いや、そういうことを訊きたいのではない。『あれ』が、枕絵のような物だろうと言うのも、芝居だろうと言うのも、見ていれば私にも判る」
「えっと……、じゃあ、何が訊きたいんです?」
「だから。お前達は、先程から随分と、『あだるとびでお』とやらで盛り上がっている様子だが、他人が子を生そうとしている処を眺めて、何がそんなに楽しいのかを訊きたい」
でも。
AVとはこんなもん、と説明を始めた九龍の目を真っ向から見詰め返しつつ、龍斗は、小首を傾げたまま『質問』を続けた。
「………………………………はい?」
故に、純粋無垢な子供のような眼差しで射抜かれた九龍は、問いの意味が全く理解出来ていない顔付きで、ツーー……、と龍麻に視線を流し。
龍麻も又、自分にも意味など解せないとばかりに、横目で京一と甲太郎を見比べて、ヘルプを求められた京一と甲太郎は、一瞬目を見合わせた後、龍斗のことは京梧に押し付けるに限ると、龍麻と九龍の視線を、龍斗の『保護者』へとパスした。
「………………大昔の話だが。龍斗はな、男と女が乳繰り合う理由は、餓鬼を拵える以外に有り得ないと、頭から信じてやがったんだ。だから未だに、そういう物を見たがる男の性ってのが、これっぽっちも判らねぇんだろうさ」
龍斗の前で、この手の話に加わると後が大変だと身を以て知っていたから、それまで黙りを決め込んでいたのに、子供達に解説を求められてしまったが為、渋々、京梧は口を開く。
「……はあ? 馬鹿シショー、そんな下らねえ冗談、誰が信じんだよ。龍斗サンだって男だし大人なんだから、判らねえ筈なんかねえだろ?」
「こんなことで、お前達を担ぐ冗談言ってどうすんだ、馬鹿弟子が。──こいつに男女のナニを教えたのは、例の『皆
「…………………………え。それ、冗談でも何でもなくて、掛け値なしに本当の話なんですか…………?」
「……何処まで、メルヘンの世界の人なんですか、龍斗さん……」
だが、溜息混じりの彼の説明が俄には信じられず、京一が文句を言えば、京梧は、何処までも溜息を交えた説明の付け足しをしながら、何やらを思い出した風に馬鹿弟子に向かって雄叫び、「それってリアルな話なの!?」と、龍麻と九龍は目を丸くして、
「精霊や神仏や鬼や妖怪は当然、犬猫や草木と人間を、そういう意味で同列に扱うことが、そもそも間違ってると思うんだがな、俺は」
何時の間にやら銜えたパイプでアロマを吹かしつつ、甲太郎は、ぼそっと呟いた。