「判り易過ぎる逃げの手だな、糞餓鬼共…………」

龍斗ばかりか、京梧までが暴走を始めてしまったら、もう自分達の手に負えないのは明白だと、三十六計逃げずに如かずとばかりに、わざとらしい言い訳だけを残し、足音も高く階段を駆け下りて行った子供達へ向けて、京梧は、ぼそっと悪態を吐いた。

「京梧?」

そんな、苦々しい表情になった彼と、何処ぞの学校の教壇と思しき机の上で、ガッタンガッタン、耳障りな程の音を立てつつ、あられもない格好で『暴れている』女優と男優が未だに流れ続けているテレビ画面とを暫し見比べ、己の耳を塞ぎっ放しだった彼の手を、ムリッと龍斗は引き剥がす。

「あ? 何だ?」

龍斗が自身を呼ぶ声の終わりが問う風に持ち上がった所為で、京梧は応えつつも、嫌っそー……に眉を顰めた。

この場より尻尾を捲いて逃げ出してしまった若人達のように、トンズラを決め込む訳にはいかない自分は、きっと毎度の如く、龍斗の、間抜けを通り越し、男泣きしたくなるくらい遣る瀬無い質問攻めに遭うのだろう、と思って。

「もしかして、私は昔から、この手のことで、お前を酷く困らせてきたのだろうか」

だが、その時、龍斗が言い出したことは、問いは問いでも、京梧が想像したものとは少々趣きが違った。

「え?」

「今さっき、言っていたではないか。お前との間のことを、私が曲がりなりにも真っ当に受け止められるようになるまで、お前は苦心ばかりを重ねたと。私は、私の知らぬ所で、そんなにもお前を手子摺らせていたのだろうか」

「……お前、さっきの話、聞こえてたのか?」

「他人ならいざ知らず、お前の声は、私にとっては、耳を塞がれた程度で聞こえなくなるようなものではない。──そんなことより。どうなのだ、困らせていたのか? それともそうではないのか? 私はもう少しだけでも、あの手のことを学んだ方がいいのだろうか。だが、判らぬものは、どうしたって判らない。他人の閨にも、見ず知らずの女人にも興味など持てぬし、龍麻達が『それ』を見たがる訳も謎のままだし……。……龍麻達は、一体どうするのだろう。あの子達は、今更、子作りの仕方無ど学ばなくとも知っているのだろう?」

「あーーー………………。……あのな、龍斗」

そう来るとは思ってもいなかった、意表な、だが正直、「そんなこと訊かれたって困る。寧ろ訊くな。お前に、その手の精進を求めたって空しいだけだ」と喉元まで出掛かった、龍斗の矢継ぎ早な問い掛けに、京梧は一瞬のみ目線を泳がせてから、徐に、ガシッ! と彼の両肩を掴む。

「何だ?」

「手子摺ったことがない……とは言わねぇが、そんなことは大したことじゃない。別に、お前が世間の与太話に付いてけなくたって、俺は困りゃしない。俺との間柄のことだけ判ってりゃ、それで構わねぇだろう? だから、餓鬼共がしてた話のことは、綺麗さっぱり忘れろ。俺とお前の間のことには関わりねぇから、頼むから忘れろ」

「……それもそうだな。どうしたって判らぬことを、無理して判ろうとしてみても致し方ない。お前は、それでいいと言ってくれるのだし、お前の言う通り、私達の間柄のことだけ判っていれば、私も何も困らない」

ほんの少々だけ、キリ……っと指先が鳴ってしまうくらいの力を手指に籠めるのを堪えられぬまま、龍斗の肩を掴んで、射抜く風に瞳を捉え、さらりと聞き流せば口説き文句に聞こえないこともない、が、真相は、何とかして龍斗を誤摩化そうとしているのが透け見える、所々の単語が不必要に強調されていた科白を、鬼気迫る感じで京梧が告げれば、龍斗はコロッと絆されて、ほんわり笑みながら、まるで猫の如く京梧にすり寄った。

「ああ。困らない。困らないから、どうしたってお前にゃ解せねぇことに、興味を惹かれないでくれ。俺はもう、多くは望まない…………」

一人、ご機嫌で懐いて来る龍斗に、口許が微かに引き攣った笑みを送り、優しく抱き締めてやりながらも、京梧は口の中だけで、小さく小さく呟いた。

二階の茶の間で、ご隠居達が、見た目だけのラブシーンを繰り広げていた頃。

年の瀬の寒さに晒され、冷え切った道場の片隅に環を描くように座り込んだ若人四名は、げんなり……、とした顔を突き合わせていた。

「……真面目な話、龍斗さん、あんなんで大丈夫なんですかね? 幾ら何でも、あれは一寸酷いよーな」

「さあ……。でも、大丈夫は大丈夫なんじゃ? 超が付くくらい健康な人だし、龍斗さんの尻拭いは、京梧さんに任せとけばいいんだし。どうしたって、俺のご先祖は、本当は男じゃないかも知れないって疑惑は消せないけど。…………有り得ない。男として有り得ない……」

「その辺りも、龍斗さんだから、の一言で片が付くんだろうが……。正直、京梧さんには同情する」

「馬鹿シショーに同情なんかすんなよ、勿体ねえ。ちったあ困らせときゃいいんだっての。龍斗サンに惚れたのは、てめぇなんだから。……ま、ひーちゃんが、ああでなくて良かったとは思うけどなー……」

薄暗いそこに車座になって、ぼそぼそ、好き勝手に言い合った彼等は、一瞬の沈黙を挟み、示し合わせたように、はは……、と乾いた笑いを零し合い、再びの沈黙を得てから。

「明日、今年最後の燃えないゴミの日なのは、本当ですよね……」

「……やっちゃおうか、気乗りしないけど……」

「…………ああ」

「そだな……」

試しに繋いでみた古いビデオデッキから、思い掛けずアダルトビデオが再生されてしまっただけのことで、どうして自分達はこんなにも憔悴させられているんだろうと、深くて憂鬱な溜息を盛大に吐きながら、のそのそ、四名はゴミ袋片手に手を動かし始めた。

「馬鹿弟子! 龍麻! あの碌でもねぇ絡繰りを、今直ぐ何処かに捨てて来い!!」

……だが。

多分、京梧の諭しに素直な返事をした舌の根も乾かぬ内に、性懲りも無く、龍斗が素っ頓狂なことを言い出したのだろう、内心、四人の誰もが本気でどうでも良く感じていたゴミ纏めの作業が始まって直ぐ、階上より、京梧の怒鳴り声が一同の耳を劈いた。

「そう言えば、ビデオ、再生したままでしたなー……。きっと、終わった頃なんでしょーねー……」

「ご先祖……。懲りて下さい……」

「龍斗サンに、懲りろっつったって無理だろ。……仕方ねえ、外し行くぞ、甲太郎」

「……行きたくない。どうせ、さっきの騒ぎの続きに巻き込まれるに決まってる」

故に彼等は、もう一度、げんなり……とした顔で、げんなり……と肩を落とし。

自分達は一体何時まで、傍迷惑な隠居達に振り回され続ければいいのだろう、と嘆きながら、恐らくは今宵の出来事の所為で、この先、見遣る度に激しい空しさだけを感じさせられるだろう、青春の邪な思い出の一つと決別すべく、階上を見上げた。

End

後書きに代えて

この話は、若人四名の、AVの好みの傾向を書き連ねてみたかっただけの話、とも言います(笑)。

今回は、若人達よりも、多分、京梧の方が不憫。

可哀想に(棒読み)。

──龍斗がああな為、この手の話になると、何時も京梧はババを引かされますが、毎度それでは不憫かなとは思うので、私の気が向いたら、龍斗のそっち方面に於ける成長の過程を、シリアスで書いてみたい気がしなくもないです。

でも、そんなネタを、うちの梧主で書いたら、シリアスにはならないような。

……うん、前提からして無理かも知れない。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。