「で、でも…………。ねえ……?」
「ええ。……普通は……ですよね……」
上映されっ放しのアダルトビデオは何時しか、主演女優のナニな声が、「あはん」や「うふん」の域から、あぁーん、とか、ああー! とか言う域へと移り変わっていて、映像的にも内容的にも紳士諸兄の下半身的にも盛り上がる、所謂『山場』に突入していたが、そんな物そっちのけで、龍麻と九龍は顔を見合わせながら、チラチラ、龍斗の方を盗み見た。
何故って、どう考えたって、有り得ないとしか彼等には思えなかったから。
その手のことには奥手だった龍麻も、昔の記憶がない故に何処か子供染みている九龍も、他人のことは余り言えた義理ではないが、彼等とて男であるから、男には男の性があるのを本能で理解しているし、それこそ、その手の本能の持ち合わせはある──なければ困る──ので、幾ら、ヒトでない『皆』に、男女のナニは子孫繁栄の為だけに存在していると教えられたからとて、それを疑いもせず素直に信じた龍斗が、これっぽっちも理解出来なかった。
当然、根っからの女好きで、未だに語り種になっている程、十代の頃はお姉様方とのアレコレがお盛ん過ぎた京一にも、記憶に関する一種の障害を持って生まれた所為で、荒れまくった中学時代を送ったが為に、『あちら』の方も一時期は爛れていた甲太郎にも、龍斗の思考も、京梧の証言も、理解不能だった。
「だとしても……。くどいようだけど、龍斗サンだって男なんだから、オネーチャンに興味持ったことはあるんだろう? そうなりゃ、自然と……なあ?」
「まあ、普通は。『皆』に教えられたことを一度は信じたとしても、成長すれば疑問に思う……筈だ」
「だよな。『オトシゴロ』になりゃ、そうなるのが男の普通だしな」
「……多分。龍斗さんの話を聞いてると、段々自信が無くなってくるが」
だから、そんな彼等の心情は言動となって表れ、龍麻や九龍がそうしたように、京一と甲太郎も、ブツブツボソボソ言い合いながら、龍斗の方を盗み見たが。
「ああ、そう言えば。京梧も昔、男女の色事の話になった時に、そんなようなことを言っていたな」
「……シショーが、何て?」
「女を抱きたいと思ったことはないのか、とか、色っぽい女と擦れ違えば腰の辺りが重くなる筈だとか、女に触ってみたいと思ったことはあるだろう? とか」
「…………で? 龍斗サンは、何て答えたんだよ」
「私は、女人との間に子を欲しいと思ったことなど一度もないから、女人を抱きたいと思ったことなどない。……と答えたが? それは、今も昔も変わらない。子が欲しくないのに、何故、そのようなことを思うのか、私には判らない。艶のある女人と擦れ違うと、何故、腰が重たく感ずるのか、何故、女人に触れてみたいと思うのか、未だに判らない」
確か、大昔もこんなような話をした憶えがある、と記憶を辿りつつ、どうして自分が、若人達に、そうも奇異な目線を注がれなくてはならないのか、さっぱり判らない、と言う顔をしながら、龍斗は、京一の問いに答える形で、さらっと言った。
「………………………………。いやいやいやいや。一寸待って下さいな、龍斗さん」
「……ヤバい。俺、自分のご先祖が、真剣に、男だと思えなくなってきた……」
「龍斗さん。言いたくはないが、それは正直、男としてどうかと思う」
「病気……じゃねえよな。龍斗サン、健康そのものだもんな……」
その発言を受け、若人達は益々、驚愕の顔付きになる。
「……お前達は、さっきから、何故そうも失礼なことばかりを言うのだ。私は歴とした男で、病を患っている覚えもない。全く、何故このような話になるのだ、私は唯単に、何でお前達が、他人が子作りをしている処を見て喜んでいるのか、それを知りたかっただけなのに」
四名の表情も咄嗟の呟きも、彼等的には止めようのない、誠に正直な気持ちの発露だったが、流石に、おっとりが過ぎる龍斗も、若干カチンと来たようで、ムッとした顔付きで彼等を一睨みし、
「それとも、楽しく感じるのが普通なのだろうか。でも、『あだるとびでお』の類いは、昔、お前が私に説いてくれたような、想い合っている者同士が云々、と言うのとは違うのだろう? 所詮は芝居だと、九龍も言っていたから。芝居でしかない色事──それも、子作りの真似を眺めるのの、何が楽しいのだろうか。それに一体、どんな楽しみがあるのだ? 京梧」
もう、子供達に何を訊いてみても無駄かも知れない、と思ったらしい彼は、傍らの連れ合いに向かって捲し立て始めた。
「……………………龍斗。もう、あんまり言ってやるな……」
「どうして?」
「どうしても」
「どうしても、では判らない」
「……あー、だから。昔、お前と恋仲になる前の俺や、們天丸の奴が、吉原に行きたがったのと理屈は同じっつーか……」
「だが、京梧。何で、お前達が吉原に行きたがったのかの本当の理由を、教えてくれたことはなかったではないか。子が欲しいからではなかった、と言うのだけは聞かされたし、私とて、頭では解っているが、理屈抜きの部分は判らない。……どうしてだったのだ? それが判らなければ──」
「──んな野暮なこと、訊くんじゃねぇよ。第一、頭で判ってるだけで、発散ってのが体感出来ねぇお前に、そこんとこを懇々と説明した処で仕方ねぇだろ……」
「発散? 何を?」
「……だーかーらー…………」
龍斗に捨て置かれた、驚愕したままの若人達をチラリ眺めて、いい加減不憫だな、と感じた京梧は、男のくせに男の生理がこれっぽっちも解らない彼を嗜め、口を閉じさせようとしたが、それは、却って薮蛇になり、
「……あのー……。一つ、龍斗さんに質問が」
言い合う二人を見守っていた九龍が、恐る恐る嘴を突っ込んだ。
「そのー……、あのー……。えっと……、龍斗さん、それだけ頓珍漢なこと言ってても、間違いなく、京梧さんとは『そういう関係』です……よね……? 京梧さんとのあれこれで、龍斗さんだって、ホントは色々判ってます……よ、ね……?」
「…………聞きたいのか?」
好奇心と言う名の、質の悪い感情に打ち勝てず、精一杯の勇気を振り絞った九龍のその問いは、龍斗でなく、京梧の何やらに触れたようで、途端、彼は、龍斗の両耳をパン! と塞ぎつつ、眦を吊り上げる。
「へっ? き、聞きたい……?」
「男と女の乳繰り合い処か、何も彼もをヒトじゃねぇ連中に教わった所為で、オツムの中身が空の彼方の斜め上を走ってるこいつに、色事ってのは何の為にあるのかってことから語って、男同士の俺達でも、そういう仲になれると説き伏せて、『手本』は犬猫な、色事のいの字も判ってねぇこいつに一から手取り足取り教えて、少なくとも俺との間のことは、曲がりなりにも真っ当に受け止められるようになるまで、俺が、どれだけ苦心を重ねたか、とっくり聞きたいか……?」
「……そーゆーのは、正直聞きたくないです」
「そうか? 別に遠慮するこたねぇぞ? 流石にな、男ってのが、シモの方はどういう生き物なのかまで教え込む暇も義理もなかったから、未だにその手の常識は持たせられてねぇが、それでも、俺とのこと『だけ』は何とかってとこまで持ってくのに、どれだけ時間が掛かったか、どれだけ苦心が要ったか、一晩でも二晩でも語れるんだがな、俺は。…………付き合うか?」
九龍の、心の底からの素朴な問いは、京梧の胸の奥底に仕舞い込まれている、或る種のトラウマに突き刺さったらしく、凶悪な笑みを浮かべ、龍斗の耳を塞ぎつつ、子供達に向けて、彼は、その裏側に何やら血の涙が滲んでいるような、凄みの効いた声で語り出したので。
「………………ええーーー……」
「……あっ、思い出した! ほら、明日、今年最後の燃えないゴミの日だからって話、さっきしてたろう!? だから、出来れば今日中にゴミだけは纏めた方がいいって、甲太郎、言ってたよね!」
「お、そうだな! でないと、年越すまでゴミ捨て出来ねえもんな!」
「じゃ、今の内にやっちまうか」
絶対に、そんな、時代や世紀をも越えて尚、京梧が抱え続けている、惚気と言うにも微妙過ぎる、顎が外れそうになるだろう割に赤裸々な愚痴など聞かされたくはない! と、あからさまに顔に書いた九龍の二の腕を龍麻は引っ掴んで、彼を引き摺りつつ立ち上がりながら、片付けの続きがあったのを唐突に思い出した振りして、便乗してきた京一や甲太郎を急かし、ダッシュで階下に下りて行った。