「…………呼んだか?」
────と。
ほぼ全ての事柄に対する原動力が、『蓬莱寺京梧、その人の為』である龍斗が、やっぱり、これ以上京梧に心配を掛けない為にも、と頑張って歩き出そうとした時。
ヌッ……と、彼の真後ろで気配が湧いて、『原動力』よりの声が掛かった。
「京梧!」
唐突に湧いた気配、その気配が漂わせる氣、そして声、それ等を感じ、耳にした瞬間。
泣きみそになり掛けていた龍斗の面が、そりゃーーもう、「ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」ってな感じに輝いた。
喜色満面で、キラッキラした笑みを浮かべ、ガバッと振り返った彼は、刀袋を肩に担ぎながら立っていた京梧に、タックルかまさんばかりに飛び付いて、首筋に縋り付く。
「ったく……。まーた、迷子になりやがって。お前はドタマん中に、俺の言い付けを留めとけねぇのか?」
「すまない。そういうつもりは無かったのだが……」
「……ま、いいやな。無事だったみてぇだしな。今日は余り言わねぇでおいてやるよ。──心細かったろ? 悪かったな。もっと早く捜し当ててやれりゃあ良かったんだが。何とか見付けたってことで、勘弁してくれ」
「私の方こそ、すまなかった。有り難う。……正直に言えば、どうしようもなく心細かった。私は……駄目だな。お前がいてくれぬと、本当に…………」
「ちゃんと、こうして俺がいるからいいじゃねえか。些細なことを気に病むんじゃねぇよ」
タックル紛いに飛び付いて来た細っこい体を何なく受け止め、ホントー……に少々の小言だけを零し、京梧は、スリスリスリスリ、獣の仔のように頬だの髪だのを擦り付けてくる龍斗を緩く優しく抱き締めながら、己は一つも悪くないというのに、甘い声で詫びを告げ、穏やかに宥め慰め。
「……京梧」
思わず感極まっちゃったのか、龍斗は、益々深く京梧の首筋を抱き込んで、口付けんばかりに、ぴっとり、と寄り添った。
「…………あのー。龍斗さーん。ご先祖ーー」
「……馬鹿シショー。俺等、帰んぞ?」
まるで、濁流のような運命に引き裂かれ、けれど奇跡の再会を果たした恋人達のように──まあ、実際、彼等はそういう運命を辿った経験の持ち主ではあるが──、花園神社の拝殿裏で、ヒシッッ! と抱き合い、二人だけの世界を構築し始めた京梧と龍斗に、少し離れた所より、子孫達の、本気でげんなりした呆れ声が掛かった。
「……ああ、忘れてたな」
「おや。龍麻に京一。私は、又、お前達にも世話を掛けてしまったか? すまなかったな」
その声に、京梧は、ああ、こいつ等のことをすっかり忘れてた、と首巡らせ、龍斗は、そこで初めて子孫達の存在に気付いたらしく、京梧の肩口に伏せていた面を上げた。
「………………この、耄碌ジジイ……」
「龍斗さん……。……いえ、いいんですけど……。もう、慣れてますけど……」
言うだけ野暮だ、と判ってはいるけれど、子孫達は、「いい加減にしろ!」と、それぞれの先祖を一睨みし……、けれど結局、毎度のこと、と小さな愚痴だけ零して肩を竦める。
「無事に龍斗サン見付かったんだから、とっとと帰ろうぜ? 俺、腹減ってんだよ」
「夕飯、食べて帰りませんか? それとも、二人の所か俺達の所で、何か作ります?」
「どうする? 龍斗」
「私は、何方でも。……ああ、何なら、詫び代わりに私が何か振る舞うが?」
今日も散々振り回されたけど、一件落着だからそれでいいかー、と先祖達を振り返りながら子孫達は歩き出し、先祖達は、ゆるりとその後を追い掛け始めた。
「……ああ、そういうことか」
「龍斗? そういうことって、何がだ?」
「何としてでも家に戻りたくて、強引だとは思ったが、ここの稲荷神を口説こうとしたのだ。家までの道筋を教えて貰うか、道案内をしてくれるモノを貸して貰うかしようと思って。だが、返事もして貰えなかったから、少々落ち込んだのだが。稲荷神には、お前が迎えに来てくれることが判っていたのだろうな。だから、余分なことは言わなかったのだなと、今、やっと」
「……成程。そういう意味での、『そういうこと』か」
「ああ」
「お稲荷様は、無粋なことはしねぇ、って奴だな」
紫の竹刀袋を振り上げながら、「腹減ったー!」と叫ぶ京一と、危ない、と京一を叱りながら、「夕飯、何がいいかなー」と悩み出した龍麻の、先行く姿を見詰めつつ。
京梧に見付けて貰って、やっと普段の調子を取り戻したらしい龍斗は、先程、お稲荷様が自分の頼みを無視した意図に気付いて、立ち止まり、稲荷神の社を振り返った。
……一人で。
…………繰り返そう。一人きり、で。
────あんまりにも龍斗が道に迷いまくるもんだから、京梧には『昔』から、二人で往来を行く際は、龍斗の左手首を引っ掴みながら歩く、という癖が染み付いてる。
だが。
その時、京梧は、やっと龍斗が見付かった、という安堵が生んだ、「幾ら何でも今夜くらいは、『皆』とやらの声を封じてでも、自分の後をちゃんとくっ付いて来るだろう」との、誠に楽観的な考えを抱いてしまった所為で、うっかり、龍斗の手首を引っ掴むのを失念していた。
稲荷神の社を龍斗が振り返ったのには気付いていたけれど、直ぐに歩き出すものと思い込んでしまったくらい、油断もしていた。
龍斗の話をちゃんと聞いていたのに。
何かを頼んだ際は、三倍返しのお礼が必要、との説があるお稲荷様に、龍斗はお願いをした、と。しっかり聞いていたのに。
京梧は、目一杯油断していた。
──……そう。
龍斗は、そんな説のあるお稲荷様に、お願いをした。
拝み倒して口説き落とそうとした。
返事はして貰えなかったけれど。
厳密には、お稲荷様が、龍斗の頼みを叶えてくれた訳ではないけれど。
彼が、お願いをしたのは確か。
即ち、『基本・三倍返し』の法則が、発動する条件は整ってしまっている。
でも、お稲荷様の心はそんなに狭くないし、何せ、相手は愛しくって堪らない龍斗だから。
『龍斗。少々の遣いを頼まれてくれぬか? 何、簡単なことだ。この先に、本当に小さな稲荷の社があって──』
立ち止まったまま、見守るだけに留めてくれて有り難う……と、そっと頭を下げてきた龍斗に、お稲荷様は、お礼代わりに一寸した『お遣い』を頼んだ。
……だから。
「そこへ行って、様子を見てくればいいのだな?」
お稲荷様の声と頼みに耳貸しちゃった、京梧に手首を引っ掴まれていなかった龍斗は、ふらふらぁ……っと、お稲荷様が言った方角目指して歩き出してしまい。
「馬鹿シショー。俺は腹減ってるっつってんだろ? もうちっと早く歩い────。……!! 龍斗サン、何処行く気だよ!」
「え? 京一、何言っ──。……って、何処行くんですか、家はそっちじゃないですってば! 龍斗さんっっ。ご先祖ーーー!!」
たまたま、空腹故に京梧達を急かそうと振り返った京一は、全く見当違いの方へと進み始めた龍斗を見咎め、彼の焦り声を受け、バッと身を返した龍麻は悲鳴を上げ。
「あん? …………龍斗……。お前っ! いい加減にしろっ!」
振り返るや否や叫び、猛然と走り出した京一と龍麻の二人を、何だ? と目で追った京梧は、真後ろを付いて来ているとばかり思い込んでいた龍斗が、凝りも果ても無く、一人、己には『見えない何か』と語らいながらズンズン歩いて行く姿を目撃し、眩暈がする……、と一瞬のみ頭を抱えると、子孫達に倣い、龍斗を取り押さえるべく鬼神の形相で走り出した。
End
後書きに代えて
これは、二〇〇九年の十月に行われた、魔人のオンリーイベントで出した本の再録です。
もう、七年前(かな?)に書いた物なので、色々諸々がナニなのですが、手を入れると、一から十まで書き直しになっちゃうので(笑)、誤字脱字と、「これは、一寸日本語じゃないかも」と感じてしまった数カ所を直した程度での再録ですが、御容赦下さい。
ま、その辺は、男前に潔く(笑)。
──この本の後書きに代わりに添えさせて頂いた物には、『大変遅ればせながら、魔人シリーズに嵌って約二年』と書いてありまして、そっかー、そうだったかー、と我ながら若干感慨深い(笑)。
んで以て、『うちの話の中では、時を越えて再開を果たした京梧主は、今、新婚さん真っ盛りなんだと思ってやって下さいませ(笑)』とも書いてあって。
……何年経っても、新婚さん真っ盛りなのは変わらない、と少しばかり遠い目をしてみた。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。