§ 先祖達 §

詫び代わりに、己達の部屋で夕餉を振る舞った子孫達が帰って行って、片付けも、風呂も終えて、直後。

「………………龍斗」

何処となーーく低い声で己を呼び付けた、ドカリと胡座を掻いて座布団の上に座っている、白い単衣姿の京梧の前に、一応は殊勝な顔付きで、やはり白い単衣姿の龍斗は、ちょん、と正座した。

────そう、説教タイムの始まり。

京梧が、龍斗のことをひーちゃんと呼ぶように、京一も、龍麻のことをひーちゃんと呼ぶから、子孫や子孫の友人知人と会っている際は、京梧は龍斗を名で呼ぶけれど、二人きりの時はやはり、ひーちゃんと呼ぶのが大抵で、だと言うのに、二人きりになった今、京梧が、ひーちゃん、でなく、龍斗、と言ったので。

ああ、これはやはり怒っているな、説教だな、と。

龍斗は少々、身を縮めた。

「何だ? 京梧?」

「お前が無事に見付かったから、少しの小言で勘弁してやろうと思ったってのに。何だ、あの様は」

「それは、確かにすまなかったとは思っている」

「思ってて、あれか?」

「稲荷神に頼み事をしたのだから、返礼はせぬと罰が当たる」

「………………俺が言ってるのは、そういうことじゃねえっ!」

「だから、すまないと『は』思っていると──

──だーかーらーーーっ! そうじゃねえ、っつってんだろっ! お前に構って貰いたくってしょうがねぇんだろう『皆』とやらのことを、俺が今更、兎や角言っても始まらねぇのは承知してるから、それはどうでもいいがっ! せめて、時と場合ってのを考えやがれっ! お前だって、連中の言うことに耳を貸さねぇでいるくらいの芸当は出来んだろうがっ。たまにゃあ、そういうことをしてみせろっ!」

すこぉしばかり小さくなって、幼子のように小首を傾げた龍斗に、京梧は、何処までも低い声で小言を垂れ出したが、何を言ってもきっちり言い返してくる龍斗の態度が、到底反省している風には受け取れなかった彼は、あっという間にぶちキレて、大声を張り上げた。

「……お前は、そう言うが…………」

すると。

京梧の言うことに、はきはき受け答えていた龍斗の声が、急に萎んだ。

「あん?」

だから、これっぽっちの説教で、こいつがへこむ筈はねぇが……と、片眉跳ね上げつつ京梧が訝しむ風にすれば。

「生まれてよりずっと、『皆』は私の傍らにいてくれて、話し掛けてきてくれて、様々なことを、様々、教えてくれるのだ。そのような『皆』の声に耳塞ぐなど、必要がなければしたくない」

目線と声のトーンを僅か落として、龍斗は、小さく言った。

「…………………………すまねぇ。言い過ぎた」

故に、誠に呆気無く、京梧はそれまで頑にしていた態度を崩す。

…………人様に迷惑を掛ける程に迷子になってしまった時、と言うのは、『皆』の声だろうと何だろうとブッ千切らなくてはいけない、龍斗の言う処の『必要』な事態だと言えると思うが、京梧の思考はそっちには辿り着かず。

ヒトの声が『遠い』という、少々風変わりな質の所為で、こいつはこいつで色々と苦労してきたし、悩みもしてきたし、やっぱりその所為で、他人との折り合いが上手くいかなかった時期の長かったこいつには、『皆』とやらは親以上に親で、友で、仲間で、こいつにとっての『世間』でもあると言えるかも知れねぇのに、怒りに任せて、きついことを言っちまったな……、と。

そんな処に辿り着いていたから。

………………だから、子孫達に、龍斗に甘い、と彼は陰で言われるのだが。

「……いや。確かに、迷子になって、その度、お前や龍麻達に迷惑ばかりを掛けている私が悪いのだから」

「……それは、お前自身にゃ、どうしようもねぇことだろ? 判ってて怒鳴っちまったんだ、俺が言い過ぎたんだ」

────たった今、京梧が自ら言った通り、確かに或る程度『は』、龍斗自身にも、己の迷子癖をどうこうすることは出来ない。

出来ない、が。

ならば、極力一人で出掛けないようにする、とか、『皆』に話し掛けられても、「今は、これこれこういう理由で、何処其処に向かっている途中だから」と断りを入れる、とかいう、努力は出来る筈だ。

でも、子孫達に──以下略──な京梧は、俯いたまま私が悪いと言い募り出した龍斗を慰め始めてしまい。

「京梧…………」

「仕方ねぇやな。ひーちゃん、お前にとっちゃ、連中の方がヒトよりも近いんだ。この先も、お前が迷子になっちまったら、俺が捜しゃいいだけだ。で以て、お前は俺を呼べばいい」

「…………京梧」

「何だ?」

「お前の言う通り、『皆』の方がヒトよりも私には近い。でも、ヒトよりも、『皆』よりも。誰よりも私に近いのは、京梧、お前だ」

説教タイムは何処へやら。

万年新婚な恋人『夫婦』は、熱く見詰め合い、徐に身を寄せ、ヒシヒシッと抱き合った。

接吻くちづけなんかも交わした。

………………ここまで来ると、万年新婚な恋人夫婦と言うよりは、単なるバカップルとしか言い様が無いが、当人達は、至って真面目である。

尚、バカップル、などという語彙は、彼等にはない。

「この先は、きっと、気を付けるようにするから」

「もういい。何時までも気にしてんじゃねぇよ。────一人歩き回ったってのに、餓鬼共の飯まで拵えて、疲れたろ? 寝るとするか?」

「……大人しく?」

「…………まさか。んな筈ねぇだろ。三日振りだぞ? お前とこうしてんのは」

────そうして、バカップ…………もとい、幾つになっても情熱的なお年頃の彼等は、これから愛を交わす為の布団でも整えようかと、離し難い躰を離し、でも、狭い部屋の中だというのに手だけは繋いで、そっと立ち上がった。

初代の黄龍様と初代の剣聖殿と、今生の黄龍様と今生の剣聖殿のいらっしゃる、そういう意味ではちょっぴり物騒な、現在の東京は新宿の街だけれど。

少なくともその夜は、この上もなく平和だった。

End

後書きに代えて

──『オマケ』です(笑)。

で以て、子孫達も先祖達も、バカップルに該当する、というだけの話です(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。