元気にしているかね。

君達が、変わらず恙無く過ごしていれば幸いだ。

──事態の詳細は、神夷達から聞かされただろうし、この手紙を読んでいると言うことは、彼等の話と事態を君達が受け入れたと言うことだろうから、そのつもりで書かせて貰う。

公には、『拳武館道場 西新宿支部』と言うことになっているその道場の土地は、明確な目的に基づき拳武館が公式に買い入れた土地なので、それに関しては君達が何ら気にすることはなく、土地及び建造物に掛かる固定資産税その他もこちらで処理するので心配は要らないが、神夷達の要望を聞き届けた結果、必要以上に掛かった家屋の建築費用は、どうやってみても、全額経理を通すことは出来なかったので、そちらにも負担して貰いたい。

神夷達も承知している。

拳武館と取引のある銀行と、月々定額払い・ボーナス返済なしの四十五年ローン、と言う形で、契約は既に交わしてあり、後日、君達宛に契約書を送付するので、きちんと管理するように。

ローン総額は、────円。完済予定は、二〇五一年。

尚、金利は固定金利で、勿論、繰り上げ返済も可能だ。

又、この件の拒否は受け付けない。

────それでは。

鳴滝冬吾  

────そんな風に綴られていた鳴滝よりの手紙を龍麻が読み終えた直後。

「……は? ローン? ……ええええええ!? この歳で四十五年ローン抱えろってこと!?」

「四十五年!? 俺達が七十になるまで借金返し続けろってか!?」

「その金額でその返済方法だと、月々の返済が、確実に二十万を越えるぞ……?」

息飲みつつ、手紙を読み上げる龍麻の声に耳傾けていた九龍と京一と甲太郎から、真実悲鳴が上がった。

「これは。一体。どういうことでしょうか。………………どういうことですか、ご先祖っ!」

手紙を斜め読みした際に己が抱いた憤慨を、彼等も等しく抱えたことに、ふ……、と満足の息を洩らし、龍麻は、ニコーーーーーー……、っと己が先祖を見詰めた。

「要するに、月賦、と言うことだろう?」

しかし、龍斗も、ニコーーーーーー……、っと己が子孫へ笑み返す。

急須の茶葉を入れ替える、と言う余裕まで見せつつ。

「そういうことじゃなくて!! 今日だけで、何度言わせる気ですか、この科白っっ!」

「そう言われても。月賦は、月賦以外の何物でもないと思うが」

「だから、そうじゃなくて! 何で俺達まで!」

「鳴滝館長曰く、『連帯責任』だそうだ」

「………………………………あのクソオヤジ……っっ」

新しくした茶葉で淹れた渋茶を、いそいそと、敢えて話に加わろうとしない京梧へ差し出しつつ、鉄壁の笑みで以て悉く罵声と苦情を弾き返す龍斗への訴えを、それでも龍麻は果敢に続けたが、人の話に聞く耳を持てず、且つ、空気のくの字も読めない『メルヘンの世界の人』と話し合っても埒が明かぬことを思い出した彼は、本当にらしからぬ罵りを、この場にはいない鳴滝へとぶつけながら、自身の荷物の中より、怒り心頭の手付きで携帯電話を取り出した。

龍斗はこの有様だ。かと言って、京梧に文句を投げ付けた処で結果は同じ。ならば、自分達名義で勝手に四十五年ローンなぞを組んだ鳴滝に直談判するしかない! と彼は、物凄い勢いで番号をプッシュし、拳武館高校へ電話を掛けたが。

繋がった、事務局よりの返答は、「館長は、長期の海外出張に出ております。申し訳ありません」……だった。

「諮られた……。絶対、判ってて海外逃亡したに決まってる……」

耳朶を打った、誠に事務的な素っ気ない対応に、龍麻は電話を切りながら、力無く卓袱台の上に突っ伏す。

「今更、どうしようもねぇぞ、多分」

「その、どうしようもねえ状況を、断りもなく作りやがったのは、何処の誰達なんだよ、馬鹿野郎……」

そこで漸く京梧が口を挟み、挙げ句、若人達の神経を逆撫でするようなことを言い放ったが、もう、京一にすら、罵声を上げる気力も根性も体力もなく。

「借金か……。億単位の借金かぁぁぁぁ…………」

「……阿門に、弁護士でも紹介して貰うか?」

「やー、誰の紹介だったとしても、拳武館と喧嘩出来る法律屋さんは少ないと思うなあ、俺。客観的に考えて、喧嘩しても勝ち目なさそうだし、この件に関しては、ものすんごく周到に、しかも色んなとこに話が廻ってる気がするんだよねー。伊達に、おっかない一面持ってる拳武館の館長さんなんてしてないっしょ? 鳴滝って人だって」

「………………確かに。ったく……、だったら、どうしろってんだ」

眼前のご隠居さん達は勿論、借金を押し付けてきた鳴滝当人にも捩じ込めないと言うなら、さて、どの道を選ぶのが一番良いだろうと、九龍と甲太郎は、健気に語り合い始め。

……やがて。

「……………………うん。こうなった以上、もう、どう考えてみても、前向きに、ひたむきに、身を粉にして働くしかないっ! 何処にも退路がないってぇか、鳴滝さんに退路絶たれた後だしっっ。と言う訳で、甲ちゃん! 働こう! 龍麻さんも京一さんも! 働きましょう! ちょろーっと金銀財宝探し当てれば、一発完済も夢じゃないっ!」

九龍の中の、何処かの回線の何かがショートした。

「はあ? 九ちゃん、お前、自分が何言ってるか判ってるのか? 何で俺達が、謂れのない借金の返済に奔走しなけりゃならないんだよ」

「そんなこと言ったって、もうしょうがないじゃん。こればっかりは諦めた方が早いって。この先、俺達にとっても大事な『家』になる『ここ』の為だと思えば辛くも何ともないし、第一! 俺はトレジャーハンターで、甲ちゃんはそのバディ! 兄さん達だって、京梧さん達だって、『特殊技能』の持ち主なんだから、億単位の借金だろうと返す当ては山程あるっ。大丈夫、きっと数年で返せるっっ!」

そのまま彼は、握り拳振り翳して一席ぶち始めて。

「…………お前がそれでいいなら、俺もそれでいいが。……九ちゃん、後悔するなよ」

「ああ、そうか。この面子にゃ、稼ぎ頭がいたっけな。…………ひーちゃん。取り敢えず、宝探し屋の一攫千金に期待してみっか?」

「そうだなあ……。確かに、九龍達が一山当ててくる確率は低くないし、真神の旧校舎って手も、あるにはあるしね。……地道に、返済してってみる?」

彼の、開き直りではある熱弁に、何やら思うことでも生まれたのか、渋々の態ではあったけれど、龍麻達も、肩を竦めつつ腹を決めた溜息を吐きながら、じーっと自分達を見詰めてくる、自分達の色々を様々に引っ掻き回してくれる本当に本当に人騒がせなご隠居達を、苦笑と共に見返した。

彼等が心底困った人達だと言うのは骨身に沁みているけれど、何をやらかされても最終的には許さざるを得ない、『身内』に等しい人達でもあるから。

「お前達が帰って来た時に、何時でも使えるように空けてある部屋があるから、その、鬱陶しい荷物の山、放り込んで来い」

────若人達が、一言で表すなら、「やれやれ……」と相成る風な雰囲気を滲ませ始めたのを察したのだろう。

話を打ち切るかのように、京梧は、顎を杓りながら言った。

「『ぷらいべーと』とか言う奴は、お前達も気になるだろうと思って、ちゃんと、鍵は掛かるから」

龍斗は、もぞもぞと、何処より小さな鍵を二組取り出しながら、彼等を案内すべく立ち上がった。

見た目の態度も表情も、二人共に普段通りだったけれど、声音だけは、常よりも何処となく暖かくて、何処となく嬉しそうだった。

「……龍斗さん、よく、そんな横文字の言葉覚えましたね」

「龍麻、お前は私を何だと思っているのだ? 舶来の言葉でも、覚えようと思えば、私とて」

「でも、龍斗さんには何となく、英語も和製英語も似合わない感じが。ねえ、龍麻さん?」

「馬鹿シショー、暫くの間、飯くらい集らせろよ」

「……そんなに、蕎麦が食いてぇのか? 馬鹿弟子」

「俺は、蕎麦もラーメンも御免だ。頼むからカレーにしてくれ。あんた達一族は、何でそんなに麺類ばかり食いたがるんだ?」

────それよりも、そんな風に、何時も通りの賑やかなやり取りは、何時までも続いた。

その刹那のように、その場所で、彼等が顔を突き合わせて騒々しく過ごす時間は、この先何年経っても、年に一、二度あるかないかのことだろうけれど。

それでも、きっと、その場所は、『Sweet Home』。

賑やかで楽しい──時に賑やか過ぎて楽し過ぎる──、我が家。

End

後書きに代えて

自分達的にはちっちゃな子供としてしか扱えない、でも図体はデカい子孫達及びその弟分達に作ってしまった借りを、正しい意味でも間違った意味でも盛大に叩き返した御先祖達の話でした。

別名、京梧と龍斗の復讐編。又は、発想が色々と可哀想な人達@総勢六名の、色々と可哀想な話(違)。

……何か、この話のコンセプトからして、何かが間違ってる気がしてきた……。ま、いいか。

──この話も、毎度の如く、やりたい放題やった感がヒシヒシと漂いますが、お目溢し頂いて。

うちのご隠居達が、激しく横暴で駄目な人達と言うのも、お目溢し頂いて……。

ま、まあ、兎に角、お家っぽいものも出来たので、皆で頑張って借金返して下さい!(笑)

ご隠居達は、激しく横暴で駄目な人達だけれども、未だ未だ当分子孫達は勝てないので、諦めるしかないのです(渋茶啜り)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。