「あーーー、漸く片付いたな」
若人達が、手渡された各々の書類に署名なり必要事項の書き込みなりを終えるのを見届けてから、やっと話が片付いたと、京梧は盛大に伸びをした。
「そうだな、無事に」
「肩の荷が下りて清々したぜ。ここ暫く、鳴滝の奴に、鬱陶しい話ばかり聞かされてたからな」
「確かに、彼の話も説明も、私には判らないことの方が多かったけれども、私達が望み、決めたことの話でもあったのだから、致し方ない。もう、頭の痛くなるような話を聞かなくても済むのは、有り難いけれど」
纏め、茶封筒に入れた書類を、再び帳場箪笥の引き出しの一つに丁重に仕舞い込んで、ご丁寧に鍵まで掛けてから、龍斗は、京梧と語らいつつ幾本目かの団子に手を伸ばした。
「……………………あれ?」
そんな風に、改めて暢気な茶飲みモードに突入した『ご隠居達』を横目で眺めながら、九龍は、問答無用で呼び付けられて、何か遭ったんじゃないかと異国の地より大慌てで帰国した果て、迎えた結末がこれかー、と、新宿に着いてから過ぎた、約二時間程の、怒濤過ぎたひと時を振り返りつつ、「兄さん達だけじゃなくって、俺と甲ちゃんも、物の見事に、京梧さんと龍斗さんに『仕返し』されちゃったなー」と、暫しの間独り言ちていたが。
突然、何かに気付いたように、ふと首を傾げた。
「九ちゃん?」
「あの、さ。甲ちゃん。今更なんだけどさ」
「……何が?」
「俺達の件にしても、兄さん達の件にしても。事情説明は電話で、書類は郵送でやり取り、とかすれば、俺達、わざわざ日本に帰って来なくても良かったんじゃないかなー、と」
何を悩み始めたのだろうと、何気無しに尋ねた甲太郎に、九龍は、思い付いて『しまった』ことを率直に告げて、途端、「あ!!」と、甲太郎も、京一と龍麻も叫ぶ。
「そうだよ! 電話と郵便使えば、俺達、一々戻って来なくても済んだのに!」
「だよな! 馬鹿シショー達が旅費払ってくれる訳でもねえのに!」
「ですよね。俺の言ってること、建設的ですよね!」
「気付かなけりゃ良かった………………。馬鹿馬鹿しい……」
そのまま、言われてみればその通り! と、三人も、言い出しっぺの九龍もエキサイトし掛け、
「…………何で、そんな面倒臭ぇことしなきゃならねぇんだ。お前等が帰ぇって来りゃ、一遍に済むことだろうが」
やいのやいの始めた若人達を見回して、京梧が、はあ? と盛大に顔を顰めたものだから。
「京梧さん! それ、横暴って言うんですよ! 横暴だ、横暴!」
「ホントにな! 九龍の言う通りだぜ、馬鹿シショーっっ。大体な、あんたは何時も身勝手が過ぎんだよっ。こっちの都合も考えねえで、やりたい放題しやがってっ!」
「ああ? 俺が何時、お前相手にやりたい放題やったってんだ? この馬鹿弟子っっ」
「何時もだろ! 俺がガキの頃からずっとだろ! てめぇに都合の悪いことは忘れた振りすんのかよ、ほんっっと、年寄りってな碌でもねえなっ」
「てめぇから見りゃ、誰だって年寄りに見えるだろうよ、疾うに二十歳
……以降、長らく、始めの内は九龍と京一と京梧の三人の間で、最終的には京一と京梧の間で、激しい罵り合いの応戦が繰り広げられた。
「ああいう大切な話は、直接顔を合わせてするのが────。……ああ。一つ、肝心なことを忘れていた」
ぎゃあすか、盛大なボリュームで怒鳴り合う彼等を、毎度のことだな、とおっとり眺めながら、一応、龍斗は龍斗なりに留めようとして……、が、彼は、その途中で小さく声を洩らし、うっかり失念していたことがあったと、顔全体に腹の虫が治まりませんと書いてある四名を見比べる。
「……肝心なことって何です?」
「この上、未だ、肝心な話とやらがあるのか? どれだけあるんだ、その手の話が」
何やらを思い出せたのを一人無邪気に喜び始めた彼を、龍麻と甲太郎が、同時に、キッ! と、酷く疑心暗鬼な目で睨んだ。
「そんな目で見なくとも良かろうに…………。──鳴滝館長から、お前達が私達の話に是を返したら、渡して欲しいと頼まれた手紙のことを忘れていただけだ。内容は私達も弁えているが、仔細が、どうにも私達には覚え切れなかったから、彼の方から説明してくれることになってな」
けれども龍斗は、突き刺さるような彼等の視線を、軽く浮かべた笑みのみで軽やかに弾き返して、帳場箪笥の、先程とは違う引き出しから一通の封書を取り出し、龍麻に手渡した。
「手紙、ですか……? 何だろ……?」
まあ、激しく時代錯誤な京梧さんや龍斗さんに、何かの細かい事情を語らせるよりも、手紙書いた方が手っ取り早くて確実ではあるよなあ、鳴滝さん、よく判ってる……、と頷きながら、京梧との言い合いを中断した京一や九龍や、一緒になって龍斗を見据えていた甲太郎が送ってくる、何が書かれてる? との眼差しに答えるように、龍麻は封書の中身を引き摺り出して、ザッと斜め読みし、
「……………………………………はあ……?」
読み終えた直後、彼は、『メルヘンの世界の人』の血を引いているが故にか、現代を逞しく生きる若者な割には、おっとり……、とした質をしている彼らしくもない、凶悪な、低い低い声を洩らした。
「ひーちゃん?」
「龍麻さん……?」
「何が書いてあったんだ……?」
ブチ切れる寸前の、激しく引き攣った表情になって、聞く者が、ヒッ! と詰まった悲鳴を洩らしそうになる声で呻き続ける龍麻の様子に、「血は争えない……」と、こっそり感じつつも、手紙の内容を知りたい三名が恐る恐る声を掛ければ。
「……今から、何て書いてあるか読むから」
引き攣りまくっていた面を、一転、大魔神の如く空恐ろしい笑みへと塗り替え、龍麻は、自分達に宛てて書かれた鳴滝の手紙を読み上げ始めた。