東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編
『只今修行中!』
二〇〇五年 初秋の終わり。
「たっだいまーーーーーー!!」
「……よう」
その年の八重の桜が盛りの頃、日本を飛び出して行った若き宝探し屋とそのバディが、数ヶ月振りに祖国に戻って来た。
日本を旅立ったあの日、「嫌がらせ系の土産、抱えて帰って来ますから!」と宣言した通り、両手に何やら得体の知れない品々を抱え、元気一杯を通り越し、うるさい、と言える程のボリュームで、若き宝探し屋──葉佩九龍は帰還を告げ、あれから数ヶ月が経っても、相変わらずやる気の欠片も感じられない怠々な雰囲気と声で、そのバディ──皆守甲太郎は挨拶代わりの一言を洩らし、
「お帰り。少し、日に焼けた?」
「元気そうだな、お前等」
「ああ、息災そうだ」
「……だな。何よりだ」
又、日本国内での仕事に派遣されることになったから、顔を見せに行く、との連絡を彼等より貰い、二人を待ち構えていた緋勇龍麻、蓬莱寺京一、緋勇龍斗、蓬莱寺京梧の四人は、何を引っ担いで戻って来たのやら、と苦笑しつつ出迎えた。
──九龍と甲太郎が『帰った』先は、潜り込んでいた天香学園を出て以来、半年以上も腰を落ち着ける格好になってしまっている京一と龍麻の『仮住まい』だった。
四月初めの『あの時』同様、家主の京一と龍麻、九龍達が帰って来るなら顔を出すと言い出した京梧や龍斗、そして、九龍と甲太郎の計六人が顔付き合わすには狭過ぎる部屋だが、例えば何処かの店で落ち合う、と言う風な思考は、少なくとも九龍と甲太郎にはなかった。
年少二人にとって、兄さん達のいる場所が、即ち『家』のようなものだから。
そういう訳で、窮屈な家の窮屈な部屋に押し掛け、片隅を陣取って、全開の笑顔を拵えた九龍は、ピラミッドやスフィンクスのミニチュアや、オベリスクを象った置物や、多分恐らく民芸品、な木彫りの人形らしき物、何に使えと言うつもりで買って来たのか一向に意図が見えないトルコタイルの板──本当に、トルコタイルと言うだけの只の板──数枚、ギリシャ辺りではよく見掛ける白壁の欠片、と言った品々を、「土産です!」と所狭しと並べ始める。
「…………本気で、嫌がらせ系の土産買ってきたんだ……」
それを眺めて龍麻は、酷く遠い目をし、
「おっ。判ってるな、甲太郎!」
「酒じゃねぇか」
「南蛮の物か?」
甲太郎が取り出した酒瓶数本に、京一達三人はパッと顔を輝かせ、
「九ちゃんの土産は、単なる冗談だと思って忘れてくれ。──日本では手に入り辛いのを選んでみたんだ。呑むか?」
との甲太郎の一言で、未だ日も暮れぬ内から、年少二人の土産話を肴に、一同は、毎度の如く宴会に傾れ込んだ。
「──……と言う訳でですねー、あれからずーーっと、地味ーーー……な仕事ばっかりだったんですよ」
「へぇ……。宝探し屋って、もう一寸、華やかって言うか、映画のネタになっちゃうような仕事の連続かと思ってたけど。そうでもないんだ」
「あははー。甘いです、龍麻さん。実力があって経験豊富で、業界の人間なら誰でも名前知ってるようなハンターなら、それこそ、毎日が映画みたいな展開でしょうけど、俺は未だ、そういう訳には。どっちかって言えば、この間トルコでやらされた、大学の発掘チームにバイトで混ざって、お宝掠め盗ってくる、みたいな仕事の方が多いですよ」
「ふーん。……じゃあ、甲太郎もその、地味ーーー……な仕事に付き合ったのか?」
「ええ。も、聞いて下さいよ、京一さん! それだって立派な仕事なのに、甲ちゃんってば、面倒臭いの怠いのって、文句しか言わないんですよー!」
「俺は、日射病になる寸前まで行ったんだ、文句の一つくらい言わせろ」
「にっしゃびょう? 九龍、『にっしゃびょう』とは何だ?」
「あーー……、えーーと。昔の言葉で言うと、んと……? …………甲ちゃん、判る?」
「龍斗さん。九ちゃんも。日射病ってのは、霍乱のことだ」
「霍乱で、ぶっ倒れる寸前なあ。軟弱過ぎねぇか? 甲太郎」
「そーだそーだ! 甲ちゃんが軟弱過ぎるんだ! 京梧さん、もっと言ってやって下さい!」
──宝探し屋達の舶来土産な酒を開け、一部は豪快に、一部はちみちみ、それを嚥下しつつ宴に興じ、わあわあぎゃあぎゃあ、彼等は皆、暫しの間、好き放題な会話を交わしていた。
が、酒に弱い九龍や龍麻の呂律が廻らなくなってきた頃、何時まで語っても尽きないそれぞれの『近況報告会』の途中、九龍が、「少し前、甲太郎と二人で潜ったと或る遺跡で異形に遭遇し、うっかり怪我をし掛けた」との、彼にとっては誠に細やかだった出来事を面白可笑しく披露した直後より、宴の雰囲気と会話の流れが若干変わった。
「え、怪我した?」
「ああ、だから。怪我した、んじゃなくって。怪我し掛けただけです。実際には──」
「──でも、そういう羽目になったのは、確かなんだ?」
「ええ、まあ……。でも、それが何か……?」
……その切っ掛けを作ったのは、龍麻だった。
笑いながら、一寸ドジってしまった、と九龍が体験談を披露し終えた途端、彼は若干眦を吊り上げ、だから、何か変な話をしたかな? と九龍が訝しめば、
「俺、成田で別れた時、怪我したり無茶したりしたら、問答無用で旧校舎って言ったよねー?」
酒の注がれたグラスをガッシリ掴み、眦吊り上げたまま、龍麻は、にこにこーー……っと笑んだ。
「……え。た、龍麻さん…………?」
「と、言う訳で。明日は旧校舎。二、三日はゆっくり出来るんだよね? 明日一日くらい、旧校舎行っても無問題だよね?」
「……………………マジですか?」
「うん。マジ」
「えーーー…………。……京一さん……?」
そんな龍麻の言動に、これは、酔っ払った勢いの上でのことで、本気じゃないよな? と九龍は、ぎこちなく首を巡らし、京一に救いを求めたが。
「九ちゃん……」
余計なことを、と言わんばかりに右手で目許を覆った甲太郎の向こうで、京一は、乾いた笑いを浮かべながら、諦めろ、と緩く首を振る。
「確かに酔っ払っちまってるし、酔った勢いで言っちゃいるけど。この程度なら、未だ、ひーちゃんにも理性あるし、記憶も飛ばねえだろうから、明日は旧校舎ってのは覆らねえな。ま、いいんじゃねえの? そういうのも。久し振りに鍛えてやるよ」
そして京一は一転、面白そうだから一口乗った、と龍麻の発案に賛同し、
「楽しそうな話じゃねぇか。俺達も付き合わせろ。いいだろう? 龍斗」
「ああ。お前達がどういう風に修行をするのか、私も見てみたい。そうだ、どうせなら、龍麻、私達も立ち合ってみぬか?」
かぱかぱ酒を流し込む手を止めず、京梧と龍斗も話に乗ってしまったので。
「うぇーーーー……」
「……九ちゃん。お前、後で覚えてろ?」
何でこんな展開になるんだ、と九龍は項垂れ、そんな彼を甲太郎はグイっと小突いて。
でも、何をどうしても、彼等の翌日の運命は変わらず。