龍斗vs京梧
本日の自分達の立ち合いを捕まえて、みっともないとか無様とか、修行が足りないとか、散々な評価を京梧と龍斗は与えてくれたが、彼等とて、その実力は伯仲しているのだから、或る程度は自分達と似たような展開を辿るだろうと、離れて行く年長二人の背中を眺めながら、秘かに京一と龍麻は思っていた。
誠にあっさり京一と龍麻をぶっ飛ばした京梧と龍斗の立ち合いは、一見の価値があるだろうけれど、ひょっとすると『怪獣大戦争』かも知れないと、こっそり思いつつ、甲太郎と九龍は二人の横顔を窺った。
……そんな四名の視線を受けながら、程良く彼等より離れた京梧と龍斗は、ゆるゆると進めていた足を止め、少々離れて向き合う。
「では、京梧」
「ああ」
対峙し、真っ直ぐ相手の瞳を捉えた彼等は、礼めいた風に、軽く頭を下げた。
…………最早、所詮は『稽古』の延長でしかない『始まりの合図』がどうの、と言う次元の話は、彼等にとっては無意味なのだろう。
合図があろうとなかろうと、彼等の『何か』は変わらず、昔はきっと、京一や龍麻のような形の立ち合いばかりをしていたのだろう二人も、武道の礼に則る処へ帰ったのだろう。
だから、彼等は一礼をして。
京梧は何時もの不敵な笑みを、龍斗は常に湛える春風の如き風情を、すっと、痛い程張り詰めた何かに塗り替えた。
──その直後、その場に留まったまま構えを取った、各々が見せたのは。
「剣聖奥義、天地無双っ!」
「秘拳・黄龍」
京梧の、そして龍斗の、最大奥義だった。
それぞれの掛け声が宙に溶けて直ぐ、一帯を、天地無双が生み出す厳つ霊
稲光は、龍が滲ませる黄金色を貫いて、龍の煌めく黄金色も又、稲光を絡め取った。
…………そんな風に、技同士の競り合いであることを考えれば随分長いと言える間、氣塊と氣塊は、互い、浸食し合い。
やがて、音もなく、ふっ……と掻き消える。
「法神流奥義・霞雪嶺」
「龍震」
滲んで行った氣塊の影から京梧は姿現し、凍土をその場に出現させて、やはり、ふいっと姿晒した龍斗は、地を震わせ京梧の足許を揺るがし。
凍土と凍気は龍斗を押しやり、波打つ大地は京梧に膝付かせた。
「秘拳・青龍」
「神氣発剄っ!」
弾き飛ばされ、後退り、蹌踉
再び生まれた氣塊同士は、又、ガッ……と激突し、それが消え去るより先に、互い、正しい姿勢と立ち位置を取り戻した二人は、刃に、脚に、唸りを上げる程の氣を乗せて、各々の急所目掛けて────。
────後一押しすれば、確実に相手の命を絶っただろう一撃の矛先を、彼等は同時に目に留まらぬ速さで逸らし、己の命奪うべく迫った切っ先を、脚先を、打ち据えた。
「……ま、こんなもんだな」
「そうだな。これ以上は」
そのまま、二人は全ての動きを止め、
「え、お終い……ですか?」
そこまでを、口を半開きにして見詰めていた九龍は、何でここで? と驚いた様子で尋ねた。
「私と京梧で立ち合うと、死合いにしかならぬから。頃合いだろう?」
「俺達が、死ぬまでやり合ったって意味ねぇぞ」
彼の問いに、龍斗は手甲を締め直しながら、京梧は刀を鞘に落としながら、ケロっと答える。
「は、あ……。成程…………。つか、そこまで本気なんだ……」
「もしかしなくとも、子孫達より容赦無いな、先祖の方が」
「恐ろしい……。恐ろしいよ、甲ちゃん……」
「恐ろしいと言うか、俺には全く理解出来ない」
回答に、九龍と甲太郎は、はぁっ!? と目を剥き、
「……京一。俺、益々落ち込んできた…………」
「皆まで言うな、ひーちゃん。俺もだ。……くっそーーっ! 精進あるのみっ!」
「そうだよね……。励むしかないっ!」
ふ……、と暗い溜息を同時に吐いた龍麻と京一は、明日の奮闘を自らに誓った。
「京梧?」
慄く二人と握り拳を固めた二人、そんな四人を楽しそうに見遣りながら、その傍らに戻りつつ、ふと、龍斗は愛しい片割れを呼んで。
「ん?」
「────天槍」
ぽっと、掌に氣で光る青き珠を生み、己の方へと首巡らせた京梧の胴に、ひょい、と叩き込む。
「……龍斗っ! てめぇ……っ」
「油断大敵。今日は、私の勝ちだな」
気を抜いていた処にそんなものを投げ付けられて吹き飛ばされた京梧は、何とか踏ん張りはしたものの痛む腹を抱える羽目になり、苦情の声を上げたけれど、龍斗は、本当に愉快そうに、ペロッと舌を出してみせた。
「…………我が先祖ながら、エグい……」
「目指すのは、あのえげつなさ、ってトコか? 見習わせて貰うぜ、龍斗サン」
「……うん。龍斗さん、ハンターになれるや。ブラボー!」
「九ちゃん。お前はこれ以上、見境のなさを学ばなくていい。と言うか、学ぶな」
不意の一撃が見事に決まり、声を立てて笑う龍斗と、声高に文句を言い始めた京梧の姿に、龍麻は呆れ、京一と九龍は龍斗への賛辞を送り、甲太郎は眩暈を覚える。
「これ以上は、っつったろうが、その口でっ!」
「死合うのは終わりだが、今日の決着を付けぬとは言っていない」
「理屈になってねぇだろ!」
「油断するお前が悪い。天槍の一撃程度、何とか出来ずにどうする」
「…………そりゃ、お前の言う通りだがよ……。……あー、くそっ、胸糞悪りぃっ。──馬鹿弟子っ! 九龍っ! 二人纏めて掛かって来い、憂さ晴らしに相手してやらぁっ!」
青年達が思い思い呟いた間にも、京梧と龍斗の口喧嘩は続いて、どうしたって龍斗をやり込めないらしい京梧は、八つ当たりを言い出し、
「お前の憂さ晴らしに京一と九龍を巻き込むのはどうかと思うが、まあ、良いか。──では、龍麻。甲太郎。お前達の相手は、私が務めよう」
このままでは、臍を曲げた京梧にコテンパンにされるだろう京一と九龍の末路を想像し、が、それも試練、と龍斗は呆気無く京梧の八つ当たり対象とされた二人を見捨て、おっとり、春風の如くな微笑みを湛えながら、京一と九龍に思わずの合掌を捧げていた龍麻と甲太郎の腕を掴んだ。
逃さぬように。
「……え。そ、そろそろ、異形相手の修行に切り替えません……?」
「俺は、異形抜きも異形相手も、いい加減、遠慮したいんだが」
年がら年中ボーーーーーー……っとしているくせに、事、戦うことになると想像以上にエグかった龍斗に捕まって、龍麻は少々、甲太郎は目一杯、及び腰になったけれど。
「何故だ? 今日は一日、ここで修行を────。……あ」
何処までもひたすら茫洋とした風情のまま、龍斗は、ギリ……っと二人の腕を掴む手に力込め掛け……、でも。
突然、拙い、と言う顔をして振り返った。
「……ん? …………お」
彼が背後を見遣ったその時、馬鹿弟子とその弟分へ刀振り翳した京梧も又、そちらを見、ヤバい、との顔付きになり。
「シショー? ……げっ、犬神」
何か得体の知れないモノでも湧いたかと、二人が視線を注ぐ方を見た京一は、そこに、真神学園生物教師の犬神杜人の姿を見付けて、焦り顔を拵えた。
「ここの様子が余りにもおかしかったから、見に来てみれば、又、お前達か……。……何をした? どうしたら、旧校舎全体が揺るがされるような事態が起こるんだ……?」
どうやら、九龍が爆発させた素粒子爆弾の衝撃を感じ、旧校舎の様子を見に来たらしい、『ここ』の護人である犬神は、鬼の形相で一同を睨み、
「あ、さっきですね、素粒子爆弾をですね──」
「──アホかっ。馬鹿正直に白状するな、馬鹿九龍っ!」
「素粒子爆弾……? ……お前達は旧校舎を吹き飛ばす気か? 瓦解させたいのかっ? 封印毎ここを消し去りたいのか、この大馬鹿者共っ!!」
甲太郎が突っ込んだ通り、誠に馬鹿正直に九龍が事実を告げた為、犬神の、鬼の形相は凄みを増した。
「今日は、打ち止めか? 京梧」
「……だな。犬神の、あの様子じゃ……」
「えーーと。……犬神先生? 俺達、そういうつもりだった訳じゃなくてですね……」
「ひーちゃん。犬神のヤローに、言い訳は通用しねえぞ?」
「……くーろーうーーー……っっ」
「御免って。うっかり言っちゃっただけなんだよぅ……。許して、甲ちゃんっ。──でも。白状しちゃったものは、もう、仕方無いから?」
鬼神よりも尚凄まじい形相で迫ってくる犬神より、一同は、ジリッ……と後退り。
「逃げろっ!!」
「二度とここに潜るなっ。二度と来るなっ!!」
怒り狂う犬神の罵声を背に聞きながら、誰かの叫びに従って、脱兎の如く、その場より逃げ出した。
──故に、その日の彼等の修行は打ち止めと相成ったが、「二度と来るな!」との犬神の宣告を、彼等が素直に受け入れる筈は有り得ず。
それよりも度々、彼等は、時に、渋る年少二人を引き摺って、時に、今日こそ決着を! と息巻く年中二人に連れられて、時に、たまには修行を、と言い出した年長二人に引き立てられて、彼等の侵入を何とかして阻もうとする犬神の目を掻い潜りながら、『只今修行中!』の看板を掲げ続けた。
End
後書きに代えて
修行中(……と言うか……)な彼等のお話でした。
単に、京梧と龍斗が一寸おかしい、って話になった気がしなくもないですが。
未だ未だ当分、九龍と甲太郎は、龍麻や京一には追い付けないようです。でも、龍麻と京一は、未だ未だ当分、龍斗と京梧には追い付けないみたいです。
…………まあ、皆、色々頑張れ。一つだけ言える、うちの龍斗は時々本気で容赦無い(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。