京梧vs龍麻
腰に差し直した刀をすらりと抜き去りながら、己へと一歩だけ近付いた京梧を前に、龍麻は僅かだけ、どうしようかと悩んだ。
──龍斗がやって退けた『芸当』は、間違いなく京梧もやってみせるだろう。
ならば、京一がしたように、『繰り返し』を吹っ掛けても無意味だ。
と、するなら、手を変えるしかない。
……悩み、が、直ぐにそう思い切り、龍麻は、どうせなら、秘拳・黄龍を打ってやろうと決めた。
例え『黄龍』を放っても、京梧が相手なら大事になることはなかろうし、上手くすれば、彼が如何なる奥義を用いようと、相殺は叶わずともその威力を削ることくらいは出来るかも知れない、そう考えたから。
もしも、こちらの思惑全てが綺麗に嵌り、一瞬でも京梧の動きを止められたら、絶好のチャンスとて得られる、とも。
「秘拳・黄──」
……だが。
思い定めると同時に構えられた『黄龍』が、氣塊となって掌より放たれるよりも先に、寝かせた得物を中段に構えた京梧は、龍麻の懐に迫っていて、
「──追風・虎走り」
彼が何時に地を蹴って、何時に懐まで迫ったのか疑問に思うより早く、龍麻の体は京梧の刀に薙がれ、後方に吹き飛んでいた。
「…………げ」
「うわ……」
「あー……」
衝撃で体を『くの字』に折ったまま、真後ろに弾かれた龍麻を見て、馬鹿シショー、マジで手加減ねえな……、と京一は若干青褪め、九龍と甲太郎は、或る意味、貴重過ぎる物を見たのかも知れない……、とボソボソ小声で言い合い、やはり青褪めた。
「馬鹿弟子。言いたいことはあるか?」
「……アリマセン」
「だろうな。あったら、只じゃおかねぇ」
そんな、顔色を若干悪くした彼等の目の前で、縁金の鳴る音をさせつつ刀を鞘に納めた京梧は、馬鹿弟子を振り返ってニヤリと笑い、それなりには神妙な顔した馬鹿弟子が、一応は殊勝に言ったのを聞き届けると。
「……遅い」
よろよろと立ち上がり、戻って来た龍麻へチロっと視線をくれ、一言だけを告げた。
「みたいですね……。励みます…………。……ああ、痛かった……」
京梧が言った「遅い」は、龍麻が構えを取ってから技を放つまでの所用時間のことで、与えられた忠告は一言のみだったが、身を以てそれを理解した龍麻は、刀の峰を当てられた左腕や胴を押さえつつ、項垂れる。
「ひーちゃん、平気か?」
「うん……」
「そっか。……あー、それにしても、へこむぜ……」
「俺も。暫く立ち直れないかも……」
うーーー……、と落ち込む彼の傍に寄り、少々気遣ってから、京一は遠い目をして真上を仰ぎ、龍麻は益々へこみ、
「生まれてより過ごした年月が、私や京梧の方が長いのだ。今日のことは、その長さの分が齎したことであって、致し方ない、とでも思っておけば良いではないか。年月は、精進が埋めてくれる」
何時の間にやら京梧の傍らに立った龍斗は、うじっとした様を晒す青年二人に、軽い笑いを零した。
「そりゃ、そうかも知れませんけど……」
「年月分、どうしたって追い付けねえって可能性だってある訳だしよー……」
けれど、その時の龍斗の科白は、落ち込み中の龍麻と京一には、慰め以下としか聞こえなかったようで。
「何つーか……、ほんとーーー……に、反則ですよね、京梧さんと龍斗さんって」
項垂れ続けること止めない青年達を横目で見て、一寸話でも変えようかな、と九龍が口を挟んだ。
「反則? 俺と龍斗の、何が反則だってんだ?」
「えーー……、敢えて言うなら、存在が?」
「…………九龍、然りげ無く聞き捨てならぬことを言ってはおらぬか?」
「……気の所為です、龍斗さん。な? 甲ちゃん?」
「ああ。別に九ちゃんは、間違ったことは言ってないからな。──それはそうと。一寸した好奇心と言う奴なんだが……、あんた達が立ち合ったら、どうなるんだ?」
暫くの間だけでも、兄さん達を落ち込ませておいてやろうと思ったのだろう九龍の『一寸した親切』に乗って、今度は、甲太郎がそんなことを言い出した。
「私と京梧が?」
「俺達が、か?」
自身が告げた通り、彼の一言は、本当に純粋な好奇心故のものだったのだけれど、問われた途端、龍斗と京梧は、まじまじと甲太郎の顔を眺めてから、徐に向き合い、何故か見詰め合う。
「昔は私達も、そんなことばかりをしていたが……」
「……だな」
「もう随分と、お二人は立ち合ってないんですか? まあ、してる暇も時間もなかったとは思いますけど。それとも、何か理由でも?」
見詰め合い、ふむ……、と彼等は小声で言い始め、「この展開を引き摺れば、ひょっとして、本気で珍しい物が見られるかも!」と九龍が、キラン、と瞳を輝かせた。
「京梧さんと龍斗さんがやり合ったらどうなるか、俺、一寸興味あるかも……」
「言えてる。どんなもんか見てみてぇよな、ひーちゃん」
さも、「見せて下さい!」と言わんばかりの九龍の声に釣られたのか、どっぷり落ち込んでいた筈の龍麻と京一も瞬く間に立ち直って、責っ付くような物言いをしてみせた。
「あんた達も、たまにはいいんじゃないか?」
そして甲太郎は、「後一押しか?」と、然りげ無く言って。
「………………どうする?」
「私は別に構わぬが。京梧、お前は?」
「嫌だなんて言う訳ねぇだろ、俺が」
「なら、久し振りに」
どういう訳か、躊躇う様子ばかりを見せ続けた京梧と龍斗は、眼差しを交わしたまま言い合った後、まあ、いいか……、と言う風な感じで、結局は立ち合うことを決め、残り四人の傍から離れて行った。