東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編
『いつかの生まれ日に』
この数年、新宿区西新宿の片隅にある、『拳武館道場 西新宿支部』の年末年始は賑やかだ。
建前的には件の道場を拳武館主である鳴滝冬吾より直々に任されている『管理人』ではあるが、事実上は家主と言う他ない二名──蓬莱寺京梧と緋勇龍斗は、生まれ育ちが幕末期と言う『特異』な人物達故に、現代人より遥かに年中行事にはうるさいので、そもそもからして、彼等の道場ではきっちり以上に年末年始の行事はこなされる。
それに加え、道場の建設費用に関する多額のローンを背負わされた所為もあって修行の為の『世界各国放浪資金』が尽きてしまい、アルバイトその他に明け暮れるしかない、京梧と龍斗の子孫の蓬莱寺京一と緋勇龍麻も長らく腰を落ち着けているし、西新宿の道場が『実家』と化した、ロゼッタ協会所属のトレジャー・ハンターである葉佩九龍とそのバディの皆守甲太郎も、手を替え品を替え、人使いならぬ所属ハンター使いの荒いロゼッタを騙しては『里帰り』を果たすので、普段は長屋のご隠居の如くな人生を楽しんでいる家主二名のみがひっそりと暮らしている道場も、盆暮れ正月は俄に騒々しくなる。
故に。
今年も、西新宿の道場二階は賑やか過ぎる正月を迎えていた。
紆余曲折──否、正しくは、『ぐっちゃぐちゃ』としか例え様のない、運命の悪戯的な様々な騒動を乗り越えた果てに縁を持ち、何時しか、欠片も女っ気のない『似非家族』のような関係を築いてしまった彼等一同が顔付き合わせると只でさえ騒々しいのに、それに輪を掛けて賑やかになる正月の元日は九龍の誕生日にも当たっていて、且つ、幕末とは言え江戸期の生まれな二名は、新年の訪れと共に一つ歳を重ねるのを慣しとし続けている為──元々、京梧と龍斗は己の生まれ日を知らない──、何時しか、一同が新年を祝う席は、内三名の誕生日を祝う席、と言う意味も追加され、この数年に至っては、一月生まれな京一や龍麻の誕生日も、少々早い感はあるが、四月生まれな甲太郎の誕生日も、纏めて祝ってしまえ、とやっているものだから、初手から、騒々しい事この上無かった。
尤も、新春の寿ぎと誕生の祝いがごった煮にされている席とは言っても、京梧や龍斗にとっては、新年最初のお約束の域を出ず、己達の本当の誕生日に彼等なりの『毎年恒例』を行う京一や龍麻にしてみれば、そんな席も正月ならではの馬鹿騒ぎでしかないし、兄さん達同様、所謂、恋人同士の云々は別口で祝う九龍は、「正月! んで以て誕生日パーティー!」と浮かれていられれば満足で、甲太郎は甲太郎で、正月にも、九龍以外の者の誕生日にも余り興味を示さない口なので、所詮は何時もの酒宴の延長でしかなく。
「未だ賑やかだな」
年を跨ぐ大晦日の夜に引き続き、元日の夜もやってしまった宴会を終え、己達の部屋に引っ込むや否や、ぽつりと洩らした龍斗は、襖越しに廊下を振り返って苦笑を浮かべた。
「馬鹿な餓鬼共なんざ、もう放っとけ。これ以上付き合えるか」
彼と共に部屋に戻った京梧も、釣られたように洩れ聞こえてくる喧噪へと眼差しを流しつつ、嫌そうに顔を顰めた。
翌二日の午後には道場開きの予定を入れているし、数少ないとは言え、今の世で縁を持った人々の所へ年始の挨拶に行く都合もあるから、二人は早めに引き上げたけれども、彼等が揃って見遣った廊下の向こう──茶の間では、未だ若人達の騒ぎは続いており、明日には、各々の友人達と初詣に繰り出すと言っていたのに、大丈夫なのだろうか、と内心で若干だけ気遣ったものの、例え呑み過ぎて起きられなくなったとしても自業自得、とさっさと若人達を見捨てたご隠居二名は、寝支度を始める。
「元日も終わりか。……又一つ、歳取っちまったなぁ……」
多少なりともだらけたい、が誰しもの本音な正月、京梧も龍斗も例外では無いらしく、手早く寝間着に着替えた京梧は、夕べから伸べられたままの布団に転がりながらぽつりと洩らし、
「お互い様だ。私もお前も、又、一つ。……尤も、私達は、本当の歳が判らなくなってしまって久しいが」
天井の灯りを消そうと手を伸ばし掛けていた龍斗は、再度の苦笑を浮かべた。
「…………おや」
「っとに……」
だが、冥土への旅路のことにも繋がってしまい兼ねない話はもう止めにして、寝てしまおう、と二人が同時に口にしようとしたその時、茶の間から一際高い笑い声が響いてきて、流石に、この時間にあれ程の声は近所迷惑だ、と龍斗は眉を顰め、京梧は、馬鹿餓鬼共を纏めて一発ぶん殴ってきた方がいいだろうかと、若干だけ首を傾げたが、若人達の高い笑い声は直ぐに費え、一転、辺りには冬故の静寂が降った。
「……平気そうだな」
「多分。明日、龍麻達が起きられるかどうかは知らぬが。待ち合わせに遅れて、友垣に叱られるようなことにならなければ良いのだけれども……」
「言うだけ野暮だぜ、ひーちゃん。絶対、仲間内に頭下げる羽目になるぞ、連中」
「……確かに。どうしたって初詣は混み合うし、明日にはもう、『らっしゅ』? とか言うものが始まるだろうから、早めの待ち合わせがどうの、と自分達から言っていた筈なのに、あの分では忘れているな。……処で、京梧? 『らっしゅ』とは何のことだろうか」
「らっしゅ? ……ああ、里に帰ってた連中が、こっちに戻って来る混雑のことだろ、多分」
「成程。…………そう言えば。九龍や甲太郎は兎も角、龍麻や京一は、実家に戻らなくてもいいのだろうか。京一の実家は直ぐそこだから、何時でも戻れるし、時折は顔を見せている様子だけれども、龍麻は、そういう訳にはいかぬだろうに」
俄に静まり返った屋内の気配に、ほっと胸を撫で下ろしつつも、何故か僅かだけ寂しさを感じ、肩を竦め合った二人は、今度こそ灯りの落とされた部屋の、一つの布団に共に潜っても尚、他愛の無い話を続け、
「その辺のことに関しちゃ、好きにさせてやれ。お前だって判ってんだろう? あいつらにも、一丁前に思う処とやらがあるらしい、って」
「勿論。それくらいは私とて。但、育ての親だが、龍麻と両親
「……あいつの育ての親の、本当の内心ってのがどうなのか、俺にゃ判らねぇが。実の親子みてぇな仲だからこそ、それでいいんじゃねぇのか?」
「…………そういうものか?」
「そういうもんだ。多分」
「……龍麻は、生まれ故郷が恋しくないのだろうか」
「さあな。思い出しもしないと言ったら嘘だろうが、出来てるようでいて、龍麻も『馬鹿』に変わりはねぇから。故郷がどうこう、ってことよりも、馬鹿弟子とどうこう、ってのの方が大事なんだろ」
緩く抱き合ったまま、何となしに彼等は、各々の子孫達をネタに語り合った。