「ああ、そうだ。京梧」
それより暫く、ぽつぽつと、寝物語代わりに子孫達が肴のやり取りを続けて……、が、ふと。
唐突に思い出した風に、龍斗が上目遣いで京梧を覗き込んだ。
「ん?」
「もうそろそろ、尋ねても良いだろうか」
「何を」
「お前の国は何処なのだ? お前の生まれが何処なのか、私は一度も聞いたことがない。お前のことの大抵は知った今でも、故郷が何処なのか、それだけは知らない」
「あー………………」
グッと、傍らの彼に顔近付けて、探るように龍斗が問い質したことは、京梧の生まれ故郷は何処なのか、と言うそれだった。
それまでの話の流れから不意に思い立ったような態で問うてはいるものの、龍斗はきっと、大分以前から『それ』を知りたがっていたのだろう、との見当を容易に付けておきながら、それでも京梧は、わざとらしく視線を逸らせる。
「それ程に、打ち明けたくないか?」
「……いや。そういう訳でもねぇな。つーか、お前には言ったと思ってたんだがな。俺の生まれ故郷は、お江戸からは遠く離れた小国で────」
「──だから。その『小国』とやらは、何処のことなのだ」
「………………遠く」
「…………もう良い。全く……。言いたくないなら、言いたくないの一言で済むだろうに」
龍斗も龍斗で、京梧の様子から、故郷絡みの話は、こんな間柄になって何年が経とうとも白状したくないことなのだろう、と当りを付けつつも食い下がって、が、結局彼は、粘っても返される連れ合いの惚けた物言いに、呆れの息を吐いた。諦めた風に。
「そのー…………、な。言いたくねぇってのとは、ちょいと違うんだ、本当に。但……故郷なんぞ、随分と遠くなっちまって久しいし、稀には思い出したいような、死ぬまで思い出したくないような、そんな感じなだけなんだ。それに。情けねぇことに、勝手に飛び出して来ちまった気拙さみてぇのも、未だに胸のどっかにあってよ」
その、己の胸辺り目掛けて盛大に吐き出された龍斗の溜息に、呆れ以外のものが秘かに織り混ざったのに気付き、慌てた素振りで少々身を起こした京梧は、早口で捲し立てる。
「故に、私にも言いたくない、と?」
言い訳じみてはいたけれど、京梧の言葉の何処にも、嘘の響きはなく。けれども龍斗は、つん、と拗ねた風に顔を背けた。
「あのなあ……。そういうことじゃねぇんだって、何度言えば…………」
だから、布団に肘付いた右手で毟るかの如く髪を掻き、全く……、とぼやいてから、
「…………判った」
京梧は、低い声を洩らした。
「何がだ?」
「どれ程お前に拗ねられても、今直ぐって気にゃ、どうしたってなれねぇが。その代わり、俺も、お前も、そろそろ冥土への旅支度をした方が良さそうだって歳になったら、俺の故郷に連れてってやる」
「……歳を取ったら? お前の生まれた里に?」
「ああ。二人揃って耄碌する頃に。……それでどうだ? きっと、すっかり様変わりしちまって、俺でも何処が何処やら判らなくなっちまってるだろうが。それでも良けりゃ」
「誠に?」
「お前相手に、嘘なんざ言わねぇよ。……あの世からのお迎えが来る前に。一度きりにはなるが。お前にだけは、故郷を見せてやる。お前になら、見せたい」
────始めの内は、「何が言いたい?」と戸惑うばかりだった龍斗に、京梧が、決めた腹の内を告げ切れば。
「京梧」
「何だよ」
「歳を取る楽しみが、一つ増えた」
闇の中、にっこりと龍斗は微笑んだ。
「そりゃ良かった」
「ああ。……ほら。生まれ日の話になると、何時も九龍が言い出す、誕生日ぷれぜんと? とやらを貰えたような心地だ。本当にそれを受け取れるのは、何年も先の話だとしても」
「おっ死ぬ頃になって、やっと貰える進物ってか? ……欲がねぇな、そんなんで満足出来るなんざ」
「そうか? 私にとっては充分な進物なのだが。──もう、『それ』以外に、お前から受け取っていないものの心当たりは無い。『それ』が、私がお前から『奪える』、最後の一つだ」
こんなことで諸手を挙げて喜ぶなんて、欲がないにも程がある、と京梧は真顔を作ったけれど、それは思い違いだと、龍斗は少しばかり高く笑ってから、半ば己に覆い被さる風に身を擡げたままだった京梧を、布団の中に引き摺り込んだ。
「…………餓鬼共、未だ起きてやがるな」
「そのようだな。それが?」
「気にするか?」
「……今更だ」
「それもそうか」
肩と腕を強引に引かれた勢いを借り、本当に龍斗に覆い被さりながら、未だに茶の間で語らい続けているらしい若人達の氣と気配を探って顔見合わせ。
でも、ま、いいか、と。
これっぽっちも躊躇わず、明日を慮って早めに床に着いた筈の二人は、明日のことなど忘れ、交わしたばかりの、共に年老いた頃の何時かに果たされる約束だけを思い描いて、抱き合い、唇を重ね始めた。
End
後書きに代えて
蓬莱寺一族お誕生日おめでとー!@2012年版。の代わり。
剣風帖主役なうちの年中組二名は、何年経っても、余り、誕生日と言うものに拘りも特別感も持ってくれない、そういう意味で色気の無いお二人さんなので、今年は年長組なご隠居さん達で。
まあ、隠居達は隠居達で、どれだけ書いても、どんなネタ書いても、己達のノリを欠片も変えてくれない人達なので、「ふ……(若干の溜息)」な話にしかならなかった気もしますが、兎に角、お誕生日ネタの代わり! と言い張ります、私は(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。