34.癒し act.2

強さの前には、ひれ伏すしかなく、弱くて脆い存在でしかなく、喚き散らして命乞いをするだけが能の、蛮族の同類にしては、随分と、毛色の違ったあの男。

何をしてみせても、何を与えてやっても、顔色一つ変えず、己が命を、惜しむでもなかった。

弱い存在は、唯、弱い、それだけで、『弱くある他ない』から、刃を突き付けられれば命乞いをするのが当たり前の事で、娼婦の真似事をしろと云えば、自ら進んでそうするのが常であるのに……あの男は。

あの出来事の中に居続け、俺の命を乞いた母の姿にも、逃げ出し続ける父の姿にも、蛮族の全てにも、あれは重ならなかったから、興味と云うか、苛立ちと云うか、を覚えて……。

結局、俺にはあれが、殺せなかった。

けれど、あれは結局。

自らを憎む俺が、憎む振りをして、人を殺して、焦土を癒すしか、今は遠い日々をやり過ごすしかなかった様に、あれも又、結局は、自らを厭うから…………──

そう、結局。あれは俺の同類でしか、なかった。

惹かれた、のだと想った。

あの男に。

シュウに。

俺には理解出来ない生き方をしていた様に見えたあれに、理解出来ないからこそ、惹かれたのだと。

だが俺達は、唯、傷の舐め合いをしていただけで…………。

だが、それでも。

こうして死に逝く今。

あの男とのそれが、傷の舐め合いでしかなかったとしても、構わない、と思える。

あの男は、死をくれた。

だから。

例え傷の舐め合いだけの関係だったとしても。

俺は今でも恐らく、あれに惹かれ続けている。

こうなって漸く認める事が出来た本当の望みを、叶えた自覚など、あれにはないのだろうが。

それでもあれは、死をくれたから。

死して尚、俺はあれを、愛そう。

大勢を変える訳でもない存在を潰してみても、益はない、と告げ。

告げられた俺が、あの刹那、光る輪を灯す螢を殺せないだろうと気付いたあれを。

全てが凍ってしまって、焦土と疼きしか覚えなくなって、剣を振るうより他、それを癒す術もなくて。

全てを憎む振りをし、全てを恨む振りをし、日々を送って来た。

人の生き血と肉を屠って、魂を食らわない限り。

この焦土も疼きも、消えそうにない。

だから……だから、人を殺しているだけだ、と。

そう自分に言い聞かせて来た。

けれど、それは嘘でしかない。

こうなる瞬間まで、認める事は出来なかったけれど。

それは、己に付いた嘘。

下らなくて……馬鹿馬鹿しい、偽り。

焦土と疼きを癒す、唯一つの術など、疾っくの昔に知っていた。

憎んでいた俺自身を、殺してしまえばそれで済んだ。

だが……『俺は弱いから』。

あの日々と変わらず……罪悪に等しい、弱い存在でしかないから。

俺には俺が、殺せなかった。

俺はその『弱さ』を、認めたくは、なかった。

大切なモノを守る事も出来ない弱さ。

それは、罪悪に、等しいから。

己で己の命も絶てぬ程に弱い存在でしかないなどと……認めたくは、なかった。

そんな俺に。

あれは、死をくれたから。

死して尚。地獄の底に堕ちても。

俺は、あれを。

例えあれに、『自覚』がなかろうと。

例えあれが、生涯気付かなくとも。

………………光る、螢の輪を見る度。

あれは俺を、思い出してくれるだろうか。

……思い出してくれるかも知れない。

思い出しては、くれぬかも知れない。

けれど、あれが、光る螢の輪を見る度、俺を思い出してくれるなら。

こんな俺の中にもあった、恋情の想いも、伝わるかも知れない。

夏が来る度。螢を見る度。

あれが俺を思い出して、俺の恋情を受け止めてくれたならば。

その時、俺は。