36.アレとの関係 act.2
ルカとの戦いを無事に終え、剰え、勝利したのだから。
本拠地に戻るや否や、基本的に馬鹿騒ぎの好きな戦士達が多くを占める同盟軍の面々は、宴会、と洒落込む筈だったのだが。
正門を潜った途端、今宵の決戦にて、宿した者の命を喰らうと云われている、『輝く盾の紋章』の力を、使い過ぎてしまったのか、盟主の少年が、意識を失い倒れてしまったので、折角あの男を討ち滅ぼしたのに……と、人々は、不安げな顔をして、大広間に集まっていた。
「大丈夫なのかね……」
「さあ、な……」
ボソボソと、人々の輪の、あちらこちらからそんな囁きが洩れる。
と、バンと勢い良く、広間の扉が開いて、少年の義姉、ナナミが、医師ホウアンと共に、戻って来た。
「どうだ? ナナミ」
場の雰囲気を覆す程の勢いで、姿現した彼女に、真っ先に声を掛けたのはビクトール。
「平気だって。ね? ホウアン先生」
義弟が倒れてしまった時は、真っ青な顔をしていたナナミだったけれど、心配そうに義弟の容態を窺うビクトールに答える彼女の様子は、表面上だけなのかも知れないが……それでも、明るかった。
「ええ。心配はないと思いますよ。原因は恐らく、疲労でしょうから。あの紋章を盟主殿が宿している限り、根本的な解決にはならないのかも知れませんが……。でも今は、命に別状がある訳ではありませんし。一週間も休んで頂ければ、多分」
義弟は大丈夫よね、と、見上げた少女に答える医師の様子も、深刻そうには見えなかった。
「そっか。…それなら、まあ、安心、かな……」
万人に、穏やかそうな印象を与える、が、案外云いたい事ははっきりと口にする、腕の良い医師に、心配はないと保証され、フリックもホッ…と息を吐く。
「じゃ、飲むかっ」
「お前はそれしか言えないのか……」
「いーじゃねえか。俺達、あのルカ・ブライトに勝ったんだぜ?」
「だからって、あいつがぶっ倒れたばっかりだってのに……」
「何を固い事云ってんだ、てめーは。ホウアンもナナミも、大丈夫だって云ってんだし。元気だったとしたって、ガキのあいつに酒は飲ませられないんだしな」
故に、周囲には安堵の空気がじわっと広がっていって、この城の名物に近い、ビクトールとフリックの掛け合いも披露され始め。
盟主殿には悪いし心配だが……と、言い訳を語りながらも兵士達は本格的に、勝利の余韻に浸り始めた。
「……なあ?」
ふっ……と、思い出した様に。
広間の床に直に座り込んで酒を飲んでいたビクトールが、近くにいた仲間達の顔を眺めて問い掛けたのは、酒宴が始まって、大分時が過ぎた頃合だった。
大抵の者は、嗜み過ぎた酒の為、出来上がりつつあったが、彼と彼の周囲は、一応は素面のままで。
「何か?」
いっつも澄ました顔ばっかしてねえで、今日くらいはガンガン飲め、とビクトールに首根っこを捕まえられて、渋々、そこに混ざっていたクラウスが、熊の様な風貌の傭兵が、ふと洩らした、少々不安げな問い掛けに答えた。
「舞い上がって、すっかり忘れてたんだが……。シュウの奴、どうした?」
ビクトールが思い出した事は、決戦場で別れて以来、姿を見掛けぬ正軍師の事で。
そう云えば……と、彼とクラウスは、顔を見合わせる。
「一階で、見掛けた様な覚えもあるが……」
目と目を合わせ、あ、と云う顔になった二人を見比べて、ビクトールの犠牲者そのニ、だったマイクロトフが、数刻前、廊下で擦れ違ったと、証言した。
「私が、探して来ましょう。もしかしたら、こんな夜でも執務を片付けているのかも知れませんけれどね。今日くらいは」
マイクロトフと共に、ビクトールの犠牲者に甘んじていたカミューが、何処となく様子のおかしい彼等を見遣って、立ち上がった。
「俺も行こう」
「俺も付き合う。シュウも、少しは休んだ方が、とは思うしな」
ふわりと立ち上がったカミューにつられる様に、マイクロトフも立ち、いい加減、腰が痛いから丁度いい、と、フリックも又。
「……そうですね…」
酒臭い『死骸』が出来上がりつつある、広間の床を縫って、三人が出て行くのを、複雑な表情で、クラウスが見送った。
「おーーい、リッチモンドーーっ」
クラウス同様、出て行った三人を、横目で見て、ビクトールは少し離れた場所にいた、探偵を呼ぶ。
「何だ?」
相変わらず、くしゃくしゃの煙草を銜えながら、面倒臭そうに探偵は、傭兵の元へと、嫌々近付いて来たが。
「………でな…」
耳打ちされた話を聞き届け、何も云わずにリッチモンドは、宴会場から姿を消した。