34.『子供』の我が儘 act.1

「待たせて御免ねー。一寸だけ手間取っちゃって。枕元でナナミがうるさいんだもん」

ホウアンの手を引き、シュウとビクトールの元へと駆けて来た少年は、少しだけ上がった息を整えると、悪びれもせず、云った。

「盟主……殿……。速い、です……」

一方、少年に引き摺られて来た医者は、ゼイゼイと、上がりきってしまった呼吸を整えるのに精一杯で。

「あ、御免、ホウアン先生」

一応ホウアンを振り返り、ぺこりと頭を下げると盟主は改めて、シュウとビクトールに向き直った。

「ホウアンまで連れて来たのか? お前…ここで、何する気だ?」

己を含めた三人の人物を、彼がここに呼び出した目的が読めなくて、ホウアンがいる、と云う事実に、何となく嫌な予感も覚えて、ビクトールが立ち上がった。

「うん、実はね。皆に、協力して貰おうと思って」

又、良からぬ事でも企んでんじゃねえだろうなと、ジト目で見下ろして来たビクトールに、にこっと少年は微笑み返す。

「協力? 何のですか?」

やっと、息を整え終わったホウアンも又、不思議そうに首を傾げたが、少年はやはり、微笑みを返すだけだった。

一言も発しようとしない、シュウへも。

そして彼は。

何時もの足取りで、大人達の傍らを離れた。

「ま、話は後で。──マクドールさんが来てくれる前に、準備終わらせちゃわないとマズいから」

「へ? あいつも呼んであんのか?」

「うん、そうだよ」

トランの英雄にまで、助成を頼んだ『企み』の準備を、整える必要があると云って少年は、目を丸くした傭兵を尻目に、いまだ伏したままあるルカ・ブライトの傍らに、跪く。

「……おい…?」

「…………嘘吐いて、御免なさい。それは、最初に謝る。……この人ね、未だ、死んでない……と思うんだけど……」

亡骸に一体、何をするんだと言いたげな男達へ、彼は、少々自信なさげに事実を告げ始めた。

「死んでない……ですって……?」

「だって僕、さっきの一騎討ちの時、手加減したから」

「……な……んだとぉっ!?」

──討ち取った筈の大敵が、そこで生きている。

少年の語る事実に、ホウアンも、ビクトールも、色めき立ったが。

「………………あ。良かった、やっぱり未だ、死んでない」

医師と傭兵の驚愕を他所に彼は、右手に宿した『輝く盾の紋章』を、輝かせ始めた。

「おいっっ。そんな事してどうするってんだよっっ! どうせそいつは虫の息なんだ、放っておけば死ぬっっ。トドメを刺して欲しいってんなら、俺がやってやるっっ。だから、止めろ、そんな馬鹿な事っっ!」

盟主より洩れ出した光を遮ろうと、ビクトールが手を伸ばす。

が、それより一瞬早く少年は詠唱を終え、うつ伏せに地に伏したルカの体は、柔らかい魔法の輝きに包まれた。

「良かった、間に合った……」

詠唱の名残りが消え、魔法の光が消え。

眩く光ったその一帯に、闇が戻った時。

傍らの、本当に亡骸になってしまう寸前だった体から、微かな呻き声が上がったのを聞き、盟主は、ほっと息を付く。

「……………何故……?」

安堵を得た為か、紋章を使い過ぎてしまったのか、疲れ切った顔をして、溜息を洩らした盟主に、目の前で繰り広げられた出来事がどうしても信じられなくて、呆然と立ち尽くすビクトールとホウアンの背後よりシュウが近付き、ぽつり、云った。

「何故……って。理由がない訳じゃないよ。でも、それは後でもいいでしょう? ──ホウアン先生、お願いです、彼を看てあげて下さい」

しかし彼は、シュウの呟きを押え。

「でも……彼は……ルカ・ブライトなのですよ……」

「お願いですっっ。ルカとか、ルカじゃないとか、そんな事、今だけは抜きにしてくれませんかっ。患者さんの一人だと思って……。ホウアン先生っ」

流石に渋い顔を作った医師を、強く説得し。

「紋章使ったけど、一応、未だホウアン先生に看て貰わなきゃ駄目な怪我も残ってると思うから、『大丈夫』だとは思うけど……。ビクトールさん、一応、星辰剣、構えててね」

ビクトールに、『構え』を促した。

「お、おう……。って…ここで剣構えさすくらいなら、何でお前、こんな事したんだ?」

促されるまま傭兵は、真なる紋章の化身である、星辰剣を抜き……ん? と首を傾げる。

すれば、少年は、疲れ切った体を起こし、何とか立ち上がって、自らも武器を構え。

「……………の為だよ……」

「……え?」

「…シュウさんの為、だよ」

紋章と、ホウアンの治療の甲斐あってか、うっすらと瞼を開いたルカ・ブライトへと、ビクトールの疑問の答えを呟いた。