36.『子供』の我が儘 act.3
「トランの本と、この有り様と、一体何の関係があるってんだ?」
少年が言い出した事を訝しみ。
ビクトールも、ホウアンも、首を捻ったが。
種明かしをしてあげる、と少年は続きを語り。
「僕ねえ、マクドールさんの事、尊敬してて、好きだから。マクドールさんの事、少しでも知りたいなあって、本、読んでみたらね。色々、沢山、書いてあって。何だっけ? えーっと……あ、そうそう。カレッカ、だっけ? カレッカの虐殺って云う事件の事も、書いてあったんだ」
「……それ、で?」
「……ねえ。ルカさんって、何をしたのかな」
──種明かし処か。
少年は、それまで以上に謎めいた事を、言い出した。
「は?」
「この戦争始める為に、ルカさんがした事って、レオンさんが赤月帝国でした事と一緒だよね。まあ…そりゃ、多少は目的が違うけどさ。でも、自分達の国の人を殺したって云う意味でなら、一緒だよね。でも、レオンさんは三年前、軍師としてマクドールさんの解放軍にいたよね」
「そりゃそうだけどよ……。お前、それは事情ってもんが」
「事情? 何が違うの? ルカさんがユニコーン隊を犠牲にしたから死ななきゃならないんなら、レオンさんだってそうだよね」
「それは、屁理屈と云うのでは……」
謎めいた語りに、ホウアンが溜息を付いた。
「そうかなあ? 確かに僕はあの隊にいたから、ルカさんの事許せないけど。──僕は小さい時、ゲンカクじいちゃんとナナミに拾われてからずっと、ハイランドで暮らして来たよ。別に、ハイランドが住み難いなんて、思った事はないよ。戦争が多いのは嫌だなあって思ってたけど。ハイランドの街、キャロは、僕の故郷だって思ってたし、少年兵になったのだって、志願してなんだよ。……ねえ。ルカさんは、何をしたのかな。ルカさんのした事って、敵国の都市同盟を、攻めた事だけじゃないの?」
「あ、あのな……」
「……ルカ・ブライトって云う、狂った皇子様の事、僕ずっと許せなくって、リッチモンドさんに調べて貰った事あるから、知ってるんだ。ルカさんがアナベルさん達や都市同盟を滅ぼそうって思った理由って、元はと云えば、都市同盟の人達が、ブライト王家の馬車を襲ったからだよね。それって、ルカさんや、ハイランドの人間にしてみたら、絶対に許せない事だよね。僕や、ルカさんが生まれる、ずーっと前から戦争してた、都市同盟の人がやった事なら、尚更」
大人達の呆れや溜息に、めげる事もせず。
少年は、語り続けた。
「……………………もう、止めろ、小僧」
彼が喋り続ける事を、聴きたくない、と思ったのだろう、ルカが、制止を入れたが。
盟主は、頑として聞き入れなかった。
「止めない。ルカさんがして来た事は、僕等がしている事だよ。平和が欲しい、とか、敵を倒したい、とか。何がしたい、とか、これがしたい、とか。そう思って僕達だって、ハイランドの人を殺してるよ。そりゃあ、ね。やり方は、比べられないのかも知れない。ルカさんがやった事って、非道なんだと僕だって思うけど。罪もない、兵隊さんでもない人達を、女の人や子供をって云うの、あるんだろうけど。僕達がしてる戦争で、兵隊さんじゃない人を、殺さなかったって云う保証なんて、何処にもないし。多分、何処かでは犠牲が出てるんだろうし。やり方や動機がどうであれ……殺されちゃった人を大切に思ってた人達には、大切な人が、ハイランドに、都市同盟に、殺された、って云う事実しか、残らないんだよ」
「それ、は…………──」
「これって、子供の理屈かな? でも、僕は子供だからそう思うよ。ルカさんがやった事と、僕達がやった事に、どれだけの差があるの? 僕等は同盟軍の人間だから、ルカさんの事、殺したいって思う。なら、ハイランドの人は僕の事、殺したいって思うよね。何が違うの? それだけで、誰が誰を、責められるの? 僕達皆、同じ人殺しなのに。たまたま今夜は僕達が勝ったから、こうなってるだけじゃない。死んで償えって云うんなら、もしも今夜負けてたら、それを云われるのは僕だよね。────ルカさんがやって来た事を償えって云うんなら、生きて償って貰った方が、遥かにいいじゃないかって僕は思う。それにそもそも、人殺しに人殺しなんて、裁けないでしょ?」
「そりゃ………まあ、な……」
人殺しに、人殺しは裁けない。
齢十五の少年に、きっぱり、そう云われて。
大人達は押し黙った。
「ルカ・ブライトって人は今夜、『死んだ』んだから。この、『名前のない人』が、これから先生きてたって、いいんじゃないかなって、思うんだ。──僕は、ジョウイやナナミと一緒に暮らしてた、あの頃に戻りたくって、その為にこうしてる。それって結構、身勝手な理由だと思うよ。だって、他の事は、僕にはどうでもいいもの。幸せになりたい、それだけだもん。だからね、他の皆にだって幸せになって欲しいって思うし。ルカさんが生きている事で、シュウさんが悲しい思いをしないんなら、生きててくれた方がいい」
言葉をなくした大人達の顔を、少年は、見比べて。
この人が生きている事で、己の近くにいる者が、幸せならばそれでいい、と、彼は言い放った。
「…………でもね。シュウさんが、本心から、この人を要らないって云うんなら、僕はこの人が許せないかも知れないから、叩いちゃうかも知れないし、又、今までやって来た様な事やるんなら、殺しちゃうんだろうと思うけどね。無傷のルカさんと戦うのって、勝てそうにもないから嫌なんだけど。助けちゃったのは僕だし、責任って僕にあるんだと思うから、何とかしてみようかなー、とは思うから」
そうして、彼は。
同盟軍の面々に良く見せて歩いている様な、ふわりとした、幼さだけが強調される笑みを拵え。
「で。どっち? シュウさん」
『頼り無げな盟主』、そのままに、軍師を振り返った。