37.『子供』の我が儘 act.4
にっこりと微笑んだ盟主に見詰められ。
「私は、その…………」
所在なげに視線を泳がせ、シュウは言い淀んだ。
「……皆の事、騙しちゃった手前があるもん。嘘吐いたら、シュウさんでもぶつからねっ」
言葉に詰まった鬼軍師に、事もあろうに少年は、トンファーを構えてみせた。
しかし、ルカ・ブライトと云う男の事を、己が本心の部分で一体どう思っているのかなど、未だ、シュウには見えなかったから。
彼は唯々、答えに窮する。
「…………まー…いいんじゃねえのか……。きっと、こいつ自身、答えがないんだろうよ」
さあ、どっちなんだっ! と問いつめる風な少年を、ビクトールが宥めた。
「どの道お前は今直ぐ、こいつをどうこうしようって気はないんだろう? なら、暫く、シュウにもそいつにも、時間をやってもいいんじゃねえのか? お前が俺をここに呼んだって事は、ルカが暴れた時の保険だろ? って事は、殺しゃしねえが、野放しにするってんじゃあねえって事だろうしな。どーーーせ、言い出したら聴きゃあしねえ頑固なガキなんだから、お前は」
「あっ。ガキって云ったっっ」
呆れた様な傭兵の声音に、少年は、シュウに向けた鉾先を治める。
「……ガキはガキだろ……。──で? どうすんだ、これから。奴さん、完璧に怪我が治ったって訳じゃねえし。かと云って、何処かに放り出すってぇのも、マズいし」
「あんまり先の事は考えてないけど。取り敢えず、暫くは城に居て貰おうかなって。もう直ぐ、マクドールさんが来るから……。──あ、マクドールさーーーんっ」
今後を考え始めたビクトールに、さらっと少年は答え。
城に居て…って、お前、と、唖然とした彼を放り出し。
夜道の向こうからやって来た、もう一人の少年に、盟主は手を振った。
「話、終わった?」
ブンブンと、威勢良く手を振られたトランの英雄、マクドールは、少年の頭を軽く撫で、にこっと微笑み掛ける。
「はいっ」
「…どう云うつもりだ、共犯者」
こうなる事が判っていたかの様に、しれっとした態度でいる三年前の戦友を、ビクトールが睨んだ。
「人聞きが悪いな、ビクトール。僕は唯、彼に頼まれて、ビッキーを連れて来ただけだよ。今夜の戦いの前に、彼が洩らしてた事、一寸だけ小耳に挟んでね。ま、彼の云いたい事は、理解出来るし。……ああ。人殺しに人殺しは、裁けないからね」
けれどトランの英雄は、飄々と肩を竦めるだけで。
「そりゃあそうだがよ……。だが……」
「『ルカ・ブライト』は今夜、討ち取られたんだろ。そこにいるのは、狂皇子そっくりの、ルカって云う、過去も何にもない、遊歴の戦士、でいいじゃないか。……ま、尤も僕は、あの子がそれで良ければ何でもいいんだけどね」
「……過保護」
何処をどう気に入ったんだかは知らないが、同盟軍盟主をベタベタに甘やかす事に生き甲斐を感じているらしい英雄に、何を云っても無駄だった……とビクトールは天を仰いだ。
「お疲れ様ー、ビッキー。で、お願いなんだけど。僕達皆、お城の中に飛ばしてくれる? そうだなあ…僕の部屋とシュウさんの部屋と、どっちがいいかなあ……。うん、やっぱり、一番目立たないから、僕の部屋かなっ」
慕って止まない人の『保護』を受け、少年はにこにこと、きょとんとしたまま立っていたビッキーに、テレポートを頼み始める。
「え? えっと……皆さん全員ですね?」
連れてこられた場所に揃っていた仲間達の中に、死んだ筈のルカが混ざっている事を、気付いているのかいないのか……まあ、この少女は元々から、何処か不可思議な部分を持ち合わせているので、彼女にとって、この事実はどうでも良い事なのかも知れない。
故に彼女は、盟主の依頼にコクンと頷いて、常に手にしているロッドを翳し、詠唱を唱えようとしたが。
「……………冗談じゃない…」
目の前で語られていた会話、行われていた事、それらに呆気に取られてしまっていたのか、それまで言葉少なだったルカが、ボソっと呟いた。
「あん?」
呟いて、彼は。
一応は、己が喉元に突き付けられたままだったビクトールの星辰剣を、素手で握り締め。
「何故俺が、貴様等に生かされなければならんのだ? 殺せばいいだろうが、とっととっ! 俺が、そうして来た様にっっ! 俺は、剣を振るうしか能のない男で、それ以外の生き方なぞ知らなかった男だ。例えブタ同然にしか思えない都市同盟の人間共と云えど、『人』に剣を向ける以上、何時死んでもおかしくないだろうと思えるだけの覚悟は……っ」
己が血を星辰剣へと吸わせ、盟主の少年を睨み、ルカは叫んだけれど。
「……駄目。……何がどうあれ、貴方は僕達に負けたんだから。えっと……えーーーっと? 何だっけ。えーっと……せ…せいさつ?」
「生殺与奪」
「あ、そうだ。生殺与奪の権利は、僕達にあるんでしょ? 貴方が死んじゃっても、シュウさんが不幸にならないって判るまで、駄目っ。ぜーーったいに、駄目っっ」
少年は、マクドールを振り返り、使いたかった熟語の教えを請うてから、何処か、底の知れぬ笑みを浮かべ。
「と、云う訳で。ビッキー、宜しくぅっ」
ロッドを掲げたままだった少女へ向けて、元気よく、声を掛けた。