38.英雄の言い分 act.1

云いたい事を云って、やりたい事をやって。

力の限り、紋章も使って。

流石に、限界だったのだろう。

ビッキーの瞬きの魔法で部屋へと戻った途端、盟主の少年は、本当にパタリ、と倒れてしまった。

──それから暫く。

疲れ切って寝込んでしまった彼と、ルカの手当てにホウアンは追われ。

トランの英雄は、我関せず、と、付き添いのつもりなのか、少年の枕元で本を読み出し。

ビクトールは心底の渋面を拵えつつ、星辰剣を抱え、ドカリとルカの対面に座り込み。

ビッキーは、とっとと姿を消して。

……シュウは、所在なげに、盟主の部屋の扉に凭れて、ぼんやり、立ち尽くしていた。

「……………シュウ。どうすんだ、これから」

ざわざわとした雰囲気が去り。

明け方の静けさが、室内に染み渡った頃。

唸るように、ビクトールが口を開いた。

盟主の少年の、或る意味での『我が儘』を、聞き届けてしまった格好になって、自分達はこうしてしまっているけれど。

これから先は、『汚い』大人達だけの時間だから、と傭兵は言いたげに、軍師を見遣る。

「あいつの云った事は本当なのか? 本当に、お前にとってこの男は……あー……その、何だ。特別っつーか、なんつーか……なのか? お前……ルカとは、その……クラウスが云ってたみたいな事…あったんだろ……?」

「まあな……。…………だが、その…正直、判らない…………」

シュウは。

ビクトールの声をきっかけに、自分へと注がれた四対の視線から逃れる様に、らしくなく、俯いた。

「判らないって、何が?」

「私が、その男の事を、どう思っているか、が……。『それ』の仕打ちが憎くなかった、と云えば多分…嘘なのだろうが……。でも……私は……羨ましい、と云う気持ちの方が強かったから…。私は……『それ』の様になりたかったのかも知れないと…そう思っていた部分がある、から……」

「奇遇だな。俺もだ」

俯きながら、小声で吐露されたシュウの想いに。

ルカが答えた。

「……俺は、お前の様になりたかったのかも知れないと。お前を見ていて、そう感じた事がある。だから俺は、お前が殺せなかったのかも知れん」

そうして彼は立ち上がり、つかつかと、シュウの眼前に立つと。

包帯を巻き付かせた手を伸ばし、シュウの背の長い黒髪を引き、伏せられた面を上向かせる。

「…貴様に………貴様に、惹かれたのかも知れないなどと、愚かな想いを巡らせたりせずに、さっさと首を落としておけば良かったのかもな。そうすれば今頃は…………」

戦場で、人を殺す時に浮かべていた嗤いと同質のそれを湛え。

ルカはシュウを見下ろした。

「はいはい、そこまで」

──と。

今にも相手を喰い殺しそうな表情になったルカと、引かれる髪の痛みに、眉を顰めて押し黙るシュウとの間に、何時の間に近付いたのか、マクドールが、己が武器、棍をねじ込んだ。

「あの子の目の前で、悶着起こすのは止めて貰えないかな。ゆっくり寝かせてあげられないじゃないか。……いい機会だから云っておくけど。僕はね、僕の事情であの子を気に入ったから、こうしてる。直接この戦争に、僕は関係がないから、何がどうなろうと、知った事じゃないんだよ。あの子が良ければ僕はそれで良くて、あの子を泣かせない為なら、多分何でもしてみせる。……だからね。騒ぎを起こすなら、他所でやってくれないか。そして出来れば……出来なくとも今夜中に、どうするかの答えを出してくれると有り難いね。──ああ。あの子を泣かせたり困らせたりする様な答えを出したら、かつての狂皇子だろうとここの軍師だろうと、容赦しないから、そのつもりで」

睨み合ったままの、ルカとシュウの顔を、それぞれ見比べ。

盟主の少年とは、又印象の違う穏やかな笑みを浮かべながら。

声音には、冷たい、絶対の『命令』を、マクドールは潜ませた。

己の右手に宿る、真なる紋章の一つ、魂喰らいのソウルイーター、その存在さえもちらつかせて。

────赤月帝国を滅ぼした、あの戦いより。

三年の年月が過ぎても尚、トラン建国の英雄と語り継がれ続ける彼の、気押して来る様な雰囲気に、一瞬、ルカもシュウも、押し黙った。

「……判った? なら、行こうか。──ビクトール、付いて来てよ」

見上げた大人二人が沈黙を返した事に満足を得て、ビクトールを呼び。

少年、と云うその体格の一体何処にそんな力が、と人々を困惑させる程の強引さでマクドールは、ルカとシュウを引き摺ると、蹴り開けた扉を超えて、廊下を歩き出した。

一度だけ軽く振り返り、ビクトールが己の言葉に従っているのを確認すると、階段を昇り、屋上へと続く扉を、やはり蹴り開け。

「そろそろ明け方で寒いだろうけど、夏だから風邪の心配もないだろうからね。そこで、少し頭でも冷やせば? 僕とビクトールが外にいるから、逃げ出そうとか、馬鹿な騒ぎ起こそうとか、実力行使の『喧嘩』とかは、しようと思っても無駄だよ。……じゃ、ごゆっくり」

ポイポイと、物でも捨てるかの様に、ルカとシュウを、屋上の僅かなスペースに放り足して。

にっこり微笑んで、マクドールは、盛大な音を立て、屋上の扉を閉めた。