39.英雄の言い分 act.2
夜の紋章の化身、星辰剣を抱え、屋上と階下を結ぶ、階段の段差に腰掛けながら。
「……どう云うつもりだ」
ムスっとした表情も露にビクトールは、がしゃりと屋上の扉を閉めて戻って来たトランの英雄を睨み付けた。
「云ったと思うけど? 僕は、あの子が良ければ、それでいいって。あの子がいいと思う事を、手伝っているだけだけど?」
ビクトールと同じ様に、黒い棍を抱え、彼の隣に腰を降ろし、英雄は肩を竦めた。
「じゃあ。『お前』はどう思うんだ?」
夏とは云え、この時間帯は寒いねえ、とか何とか、のほほんと独り言を呟いた少年に、ビクトールは低く云う。
「……………。腕次第、だな」
「腕?」
「そう。腕前次第」
傭兵の云わんとしている事を察して、少年は答えを返した。
「何の」
「あの軍師の。──あの子の事を抜きにして云うなら、シュウがルカ・ブライトの事をどう思っていようが関係ない。あの男は、とっとと殺すベきなんだろう。人殺しに人殺しが裁けなかろうとも、敵の総大将の命など救ってみた処で役なんかないからね。こちらにはこちらの言い分がある様に、ルカにはルカの言い分があるんだろうが、これが戦争である以上、負けたのは彼なんだから、あの男が悪鬼の化身だろうと天使の化身だろうと、敵である限りは殺さないとね。誰を殺したか、どれだけ殺したか、に価値があるんだからさ、戦争なんてものは。でも」
「……でも?」
「別に、本当にルカ・ブライトが死ななくても、戦争での事は足りるだろう? 敵国の総大将が討ち取られた、って事実さえあればいい。狂皇子と云う存在がこの世から消滅すれば、それでいいのさ、『戦争』なんだから。だから、ルカ・ブライトと云う存在がこの世から消えた事を、完璧な真実にしてみせられる事がシュウに出来れば、問題ないんじゃないの? ルカが生きる事、それがあの子の望みである以上はね。故に、あの軍師の腕次第だと、僕は云ってる」
ビクトールに向かって、さらりと思う処を語り。
流石にそろそろ眠たいかな、と、棍を掴んだまま、少年は伸びをした。
「理屈の上では、だろうが」
彼の伸びと共に自分へと傾いて来た棍を除けながら、傭兵は、少年の言い分に顔を顰めた。
「どうだっていいよ、そんな事。理屈の上の事だろうと、そうじゃなかろうと。僕には関係ない。出来なきゃそれまでさ。でも、それも、僕には関係ない。何も彼も、僕にはどうだっていいのさ」
が、少年は、ビクトールの表情へ向けて、肩を竦めるだけで。
「関係ないってお前なぁ……。尊敬してる、兄貴みたいな存在のお前が、そこまで怠惰だって知ったら、あいつが幻滅するぞ」
「甘いねえ、ビクトールも。あの子の前で、あの子が幻滅する様な姿、僕が見せる訳がないじゃないか」
「……何も彼もどうでもいいって云ってる割にゃ、あいつにだけはヤケに拘るよな、お前って」
「ああ。あの子だけは、『特別』、だからね」
「特別だから、ベタベタに、無条件に、溺愛すんのか? 溺愛するだけじゃ、あいつの為にならないかも知れねえってのに?」
「仕方ないじゃないか。あの子は『特別』なんだもの。溺愛以上の事をしてしまう訳には、いかないんだよ。でも、『特別』だから。溺愛したいのさ」
どうにもこうにも、納得がいかない、そんな風情のビクトールに、英雄は、にっこりと、微笑んでみせ。
「だからね。ルカとシュウの事に関して、僕自身はどうでもいいと思うけど、あの子がそうしたいって云うんなら、協力は惜しまないし、あの子の好きにさせてやるつもりだよ。だけど、あの大人達が、どうしようもない馬鹿で、『あの子の望む結論』を出さなかったら、さっきも云ったけど、容赦しない。二人揃って仲良く、あの世へ駆け落ちと、洒落込んで貰うさ。できなゃ、あの子の立場がマズくなるから」
浮かべた微笑みを消す瞬間。
トランの英雄は、あっさりと、『処分』を下した。