41.『日常』の始まり act.1
「で? 決まったの? シュウさん」
『始まりの紋章』の片割れである、『輝く盾の紋章』──則ち、不完全なままである二十七の真の紋章の力を、ルカを助ける為に解放して、不完全なまま宿した真なる紋章を使えば、己の命を削ることになる、と云う『倣い』に従い、疲れ果て、一週間程寝込んだ盟主の少年が、ベッドから漸く起き上がって、真っ先に訪ねたシュウの部屋で、開口一番吐いた台詞は、そんなものだった。
人払いがされたその部屋で、シュウと、マクドールと、ビクトールと、マクドールの故郷、トラン地方の衣装を着せられて、クライブが身に付けている様な、全身を被う、引き摺りそうな程裾の長いマントを羽織ったままのルカの四人を、少年は、見比べる。
────あの出来事から、七日。
彼等の『事情』は、余り進展を見せてはいなかった。
かつては都市同盟の宿敵だった、赤月帝国……現・トラン共和国の建国の英雄として語り継がれている己の立場を鑑みてか、盟主に請われるまま、戦闘に参加し、本拠地内を闊歩はしても、マクドールは、長期の滞在だけはする事なかったが、今だけは事情が違うから、と、居座る事を決め、ルカを引き摺って、あてがって貰った一室に、籠り切りだったし。
『狂皇子』から目を離す事を嫌がったビクトールも、この七日の殆どを、その部屋で過ごしていたし。
一方シュウは、その間、三人の籠った場所へと、近付こうともしなかったから、目を瞠る様な事態の進展など、訪れる筈もないのだが。
聞かされたその現実が少年には、いたくお気に召さなかったらしく。
「一週間もあったのに、どうして何も変わってないのかなーっ」
盟主と云う立場であるのに、自ら淹れた茶を啜りながら、ぶうぶう、文句を云った。
「拗ねないの。この城の皆に、彼がルカだってばれるのはマズいって、それは判るだろう? シュウさんと一緒に、この部屋に放り込んでおく訳にはいかなかったし。だから僕が預かってたの。君が元気になるまで、って約束でね。僕と一緒にいる相手に、文句を云ったり近付いたり出来る人間なんて、少ないから」
プッと頬を膨らました少年を、宥める様に、英雄が云った。
「それは判りますけどーっ。でもね、結局、ルカさんが生きててくれた方がいいのかどうか、の答えくらい、シュウさん、出してくれてると思ったんだけどなーーーっ」
が、彼は、むすくれた表情を直しもせず。
「それ程に云うなら、さっさと俺を殺せば良かろうが……」
うんざりと、ルカは呟いた。
「まーた、それを云うっっ。駄目って云ったでしょっっ。何度云えばいいの。皆が幸せって云うのが、一番いいんだって、僕は思ってるんだからねってっ。いい加減、判ってよっっ。大体ね、マクドールさんのお陰で、貴方の正体誤魔化せてるのに、あれから七日も経って、今更貴方殺したって、意味なんてないじゃないっ。シュウさんだって頑張って、狂皇子はもう死んだんだって、世の中の殆どの人が信じてくれるようにしてくれたんだからねっっ。駄目ったら、駄目ーーーっっ! そんな事ばっかり云うんなら、今度、魔物狩りに付き合わせるよっっ」
しかし。
ルカの呟きは、少年の機嫌を逆撫でするに、一役買っただけで。
「……お前なあ…。魔物狩りに付き合わせるって脅し方は、どうかと思うぞ……」
ビクトールはげっそりと、肩を落とした。
「……駄目?」
「…………駄目」
そんな案は不許可だと言いたげな傭兵を見上げ、少年は、小首を傾げる。
当たり前だ、とビクトールは、髪を掻き毟った。
「……盟主殿」
──と。
滅茶苦茶な雰囲気を正すかの様に。
シュウが、少年を呼んだ。
「何? シュウさん」
「申し訳ありませんが……もう少し…………その、お時間を頂けませんか……。同盟軍に不利益になる結果だけは招かぬと、約束させて戴きますから……」
傭兵から視線を外し、くるっと自分を向き直った主に、云い辛そうにシュウは告げる。
「うん。いいよ、シュウさんがそう云うなら。……あれから僕も少し、考えたんだけどね。シュウさんの事を抜きにしても、ルカさんは、生きてる方がいいと思うんだ」
すれば、少年は、にっこりと笑い、頷いた。
「シュウさんがそう云うんなら、この話はこれでお終いだね。…と云う訳で、ルカさんの事は保留。──マクドールさん、御飯食べ行きません? 今ならレストランも空いてるし。…あ、ビクトールさんとルカさんも行く? シュウさんは? シュウさんってさ、一日何食食べてるの? 僕、シュウさんの事、ハイ・ヨーさんのトコで見掛けた事ないよ? 不健康だよねー。…………うん。じゃ、皆で揃って、御飯ねっっ」
──笑いながら頷き、マクドールを食事に誘い。
大人達へも声を掛け。
少年は元気よく、場を仕切り始める。
「…………俺がこの城の中を彷徨くのは、貴様等にとって為になるとは思えんが……?」
威勢よく立ち上がった彼に向け、恐らく、この小僧に何を云ってみても無駄だ、と、そう悟った顔をして、ルカが溜息を零したが。
「え? 平気でしょ? だってルカさんって、マクドールさんが『拾った』、ユーレキの戦士って事になってるんでしょ? 怪我してたから、暫くここで面倒見るって事にもなってるって、さっきマクドールさんが云ってたじゃない。問題ないよ、僕と一緒なら。そんな事より、御飯食べる事の方が大事」
何故、呆れられなければならないのか、とんと理解出来ない風に、少年は、食べる事の方が大事、と朗らかに言い放った。