42.『日常』の始まり act.2

にこにこ微笑み合って、仲間である五匹のムササビの話をしながら城の廊下を進む、盟主と英雄に従い。

三人の大人達は足取りも鈍く、ハイ・ヨーのレストランを訪れた。

食事時ではない為に、どちらかと云えば閑散としているレストランの一角を陣取り、微妙な雰囲気の中、気の進まぬ食事を彼等は始める。

大人達の思惑など何処拭く風の、盟主と英雄の二人とは違い、食欲をそそる湯気を立てる皿を眼前に置かれても、彼等の手の動きは、様々な事情で以て、鈍かった。

──そう。

様々な事情で、唯でさえ居心地が悪く、叶うなら逃げ出してしまいたい食事の席なのに。

確かに、そこで食事をしている者だけを数えたら、閑散、と云う表現が相応しいレストランの、『出入り』は何故か多く。

相棒が、油を売っているんじゃないかと疑って、探しに来て、ビクトールの隣でギャンギャン文句を捲し立てたフリックや、弟を探しに来たナナミや、午後の休憩のお茶を貰いに来た、青と赤の騎士団長達、シュウに報告があるとやって来たフリードなど、入れ替わり立ち代わり、己達のテーブルに、何者かが近付いて来て、その度、三人の大人は、食事を喉につかえさせた。

なのに。

その様な事に、一向に気を払わず、やって来た者全てに、見慣れぬ男──則ちルカの事を、少年は、マクドールさんが見付けた、旅の途中で怪我しちゃってた人、と、紹介し。

盟主に、この人暫く、ここに住むんだって、と説明を受けた者達に、ああ、ならば宜しく、と、挨拶をされ、時には握手まで求められルカは、否、そのさまを見守っていたシュウもビクトールも、少年達の皿が空く頃、未だ半ばだった己等の食事を放棄する様に、食器を投げ出した。

「……あれ? 美味しくなかった? そんな事ないよね。ハイ・ヨーさんの腕、一流だもん」

もう結構、と匙を投げ出した彼等を見て、少年が首を傾げた。

「………………同盟軍の人間は、揃いも揃って、馬鹿なのか? それとも、底抜けに人がいいのか? 他人を疑う事を知らぬのか?」

食べなきゃ駄目だよと言いたげな彼に、ルカは一瞥をくれ、こんなに疲れる食事は初めてだと、脱力した。

けれど少年は、唯々、きょとんと目を丸くし、不思議がるだけで。

「どうして? フード剥がしてマジマジ見なきゃ、ルカさんだなんて判らないんだもん。皆が疑わないの、そんなに不思議な事かなあ? 人見下した、何時もの喋り方しなきゃ平気だよ」

「ああ、それは言えてるね。僕の時もそうだったけど、ここの人達って皆、バラエティに富んだ格好してるから。多少おかしな格好してたって、序でに云うならおかしな性格してたって、誰も不思議には思わないだろうし。ハイランド出身者も多いから、向こうの訛りのある言葉で喋ったって、変じゃないしね。それこそ、人見下した、皇族然とした喋り方さえしなきゃ、OKかも」

口を挟んだトランの英雄と、少年は共に、ケラケラと笑い合った。

「…………子供は気楽でいいよなー……」

「…貴様と、初めて意見が一致した気がするな…」

「怖いもの知らずだしなー……」

「段々、何も彼もが、馬鹿馬鹿しくなって来たぞ、俺は……」

少年達の笑い声を聞き流しながら、ビクトールとルカが、遠い目をした。

「あ、僕、デザート食べようっと。ハイ・ヨーさんに頼んで来ますねー。マクドールさんは?」

「…僕は、遠慮しとく」

「はーい。じゃ、一寸行って来まーす」

がやっぱり、少年は、この世の全てを儚みそうな勢いを見せる、大人達の様子などに、一切の気を払わず。

今日のデザート気分はプリンーー、と、大きく宣言をしながら、ウェイトレスの少女を捕まえに、走っていった。

「毒気を抜かれちゃったみたいな顔してるねえ、三人共」

駆けて行く少年の背から眼差しを外さず。

横目だけをちらりと流して、マクドールが愉快そうな声を出した。

「楽しいか? 俺等が困ってる姿が。そんなに楽しいか、お前はぁぁぁっ!」

英雄を英雄と扱わぬ、数少ない人物の一人でもあるビクトールは、ふるふると握り拳を固める。

「うん。楽しいよ。『永い』人生、楽しみや潤いは、多い方がいいだろうからね。──処で、ルカ?」

しかし、誰もが予想した通り、マクドールはビクトールの怒りなど簡単に受け流して、ルカの名を呼んだ。

「……何だ」

「…………驚いた? あの子の、ハチャメチャさ加減に」

「ああ。まあな。この俺が、頭痛を覚える程にな」

「ふうん、そう。それは良かった。──じゃあ。あの子の、一種『残酷さ』にも、驚いた?」

嫌そうに返答をし、頭が痛いぞと、こめかみを抑えた彼へ、マクドールはにこり、『何も彼も』を悟った者の拵える様な、絵も云われぬ笑みを浮かべる。

「………………ああ。俺が想像していたよりも。あの小僧は……そうだな……『残酷』、なのだろうな。或る意味」

英雄の使った、『残酷』と云う言葉の示す意味合いを、ルカは汲めたのだろう。

途端表情を無くして、低い声を出した。

「でも、あれはあの子の、『慈悲』でもあるんだろうと、僕は思うよ。今の貴方には、厳し過ぎる慈悲かも知れなくともね。ま、頑張りなよ。あの子の為にも、自分の為にも。僕は貴方に対する、好意の持ち合わせはない。憎悪の持ち合わせもない。でも、あの子が貴方に『興味』を示し続ける限りは、僕も貴方に『興味』は持ってあげるからさ」

一切の表情を無くしたルカへ向けて。

マクドールは、そう告げ。

「……シュウ、貴方も」

黙りこくっていた軍師を向き直ると、己が吐いた、どの言葉に掛かるのか不明瞭な、『貴方』も、と云う呟きを与え。

『気配』を察したのか、くるり、振り返り。

「随分と、美味しそうなプリンだね」

デザートの皿を、大事そうに両手で抱えて来た少年へと彼は、にっこり、笑んでみせた。