43.『日常』の始まり act.3

どうしてこんな事をしなければならないのだろうな……と。

ぼんやり……否、半ば茫然自失のまま、ルカは、模擬剣を構えていた。

狂皇子──則ち彼との決戦を、同盟軍の面々が終えてより、二週間程が経った、真昼の兵士訓練所にての事。

辺りには、何故か見物の人垣さえも出来ている中、ルカは、青雷と云うあだ名を持つ傭兵と対峙している。

同盟軍盟主は勿論、トランの英雄も、青雷のフリックの相棒であり、あの出来事の真相を知る、数少ない人物であるビクトールまでもが、その人垣には混ざっており。

あの熊傭兵、いい加減、この状況に適応し出したのかそれとも諦めを覚えたのか、と、苦々しく思いつつも彼は、掛け声と共にフリックがないだ模擬剣の先を、カン! と、条件反射の動作で払った。

────何故、今、彼がこんな事態に追い込まれているか、の責は、ルカに言わせれば、極悪コンビ、な盟主と英雄の二人組にある。

至極居心地の悪い昼食を経験したあの日より、過ぎる事一週間。

あれから毎日、二人の少年は、世界中を旅している遊歴の戦士、と、ルカの事を本拠地中に吹聴して歩き、その吹聴に、凄く強いらしいよ、との余分な一言も付け加えていたので。

少年達がばら撒いて歩くその噂を聞き付けた、腕には覚えのある者達から、是非立ち合いを、と求められ。

逃げ回ってみたり、宿屋に籠ってみたりと、儚い抵抗をルカは続けたのだが、その日、とうとう、やはり少年達の奸計に嵌り、訓練所へと引き立たてられてしまったのだ。

……本当は。

あの軍師に対する己の想いが何処にあろうと、己に対するあの軍師の想いが何処にあろうと。

少年達に何を云われようが、どう『脅迫』されようが。

曲がりなりにでも、武人であると云う自覚を持つルカは、生き恥を晒すくらいなら、潔く、自害して果てようと、そう考えていたのだけれど。

敵もさるもの、彼を野放しにしているようで、『監視』の目を光らす事は怠らず。

ふと気がつけば何時の間にか、盟主か、英雄か、熊のような傭兵の姿は、彼の傍にあり。

凶器になり得る物を手に取ろうものなら、どちらの少年が、紋章か、癒しの札を翳して、にこにこと『微笑み』ながら、駆け寄って来る、と云う有り様だったから。

喉首掻き斬ろうが、何度でも癒されてしまうのならば、それも無駄か、と。

この状況が、辛い……とは云わないが、苦々しくは思うルカではあったけれど、一応は生きる真似事を、してはいた。

あの少年達は、何がなんでも、生きろ、と強要して来る。

いまだ、その強要の真なる理由が何処にあるのか、判らないままではあったが、ならば、敗戦の将として、それに従うしかないのだろうな……と、あれから数日が過ぎた今では、うっすらと、ルカにも思えるようになっていた。

だが。

こんな馬鹿騒ぎに己が狩り出された事には、どうしたって納得出来る筈もなく、理解出来る筈もなく。

なのに、気がついてみれば、先日、あのレストランで不本意にも『挨拶』を交わさせられた青と赤の騎士団長二人、トランからの助成だと云うバレリアと云う名の女将軍、そのバレリアの友であるらしい、アニタ、と云う女剣士、ビクトール、そして、今現在の相手フリック、と。

勝ち続けてしまったが為、六人もの相手を、ルカはさせられていた。

が、内心で、溜息を付きながらも、それまでに立ち合った五人の剣士もフリックも、剣の腕前は化け物じみているルカの目から見ても、ほう……と、感心を寄せられるだけの腕をしていたので、まあ、こんな時間も悪くはないか、と、らしくない感情を過らせながら彼は、今も尚、模擬剣を振るっている。

────何も考えず、無となって、体が訴えてくるままに剣を振るえば、苛立つ気分が多少なりとも軽くなるのを感じられ。

フ……と、立ち合いの最中も乱す事ない、深く被ったままのマントのフードの中で、彼は軽い笑みを零した。

それから程なく。

彼の剣は、フリックのそれを弾き飛ばし。

木で象られた剣の切っ先は、フリックの喉元に突き付けられ。

「……参った。……ホントに強いな、あんた」

全身青一色の青年から、降参の声を聞かされ、見物の人垣からは、歓声が上がり。

更にルカは、笑みを深めた。

「ホントに、強いですねー。今度、僕とお願いしますねっ」

やられた…と、苦笑を浮かべながらフリックが剣を拾うのを待って、トンファーを構えながら、盟主がひょこっと、ルカに近付いた。

「んー。でも、それだけ強いと、僕も駄目かも。ハンディ付けてもいいですか?」

「構わんが……」

又、こいつは、と、呆れながらも、ルカが目線だけで申し出を受けたのを見遣り、少年は、にこっと笑むと、ハンディ、と言い出し。

押し殺したルカの声が終わるや否や。

「マクドールさーーん」

棍を携えたトランの英雄を手招いた。

「いいでしょ? ハンデ。ニ対一」

「おい……」

マクドールの助成がハンデだと、あどけなく笑いながら云う彼に、流石のルカも、顔を顰める。

「まあ、いいじゃない。細かい事は気にしない。僕は、本当に手助け程度の事しかしないから」

けれどマクドールも盟主も、へーきへーき、と微笑むだけで。

「お前等、幾ら何でもそれは、キツいんじゃねえのかぁ?」

それはハンデ以上だと、ビクトールが声を掛けたが。

二人の少年は、誰にも耳を貸さず、各々の武器を構えてしまったから。

「……良かろう」

パシリと音を立てて、ルカは模擬剣を構え直した。