50.行き着く先 act.2
苦渋の思いで選択した策を、キバへと伝え。
せめて、部屋から出て行く彼を見送ろうとしたシュウは。
偶然故か、故意故か、先程の話を聞いていたらしいルカが、キバに告げる事を、扉のこちら側にて聞いていた。
一歩、扉より進んだ場所でルカに話し掛けられ、唖然とした彼に。
「……………俺とて、こうして生き長らえているのに。お前がこの世に未練などないと、云う必要はなかろう?」
ルカは冷めた声で、そう告げた。
共に行く、とも。
死なせない、とも。
策さえ成れば、誰が死なずとも構わぬ筈だ、とも。
「ルカ様…………」
シュウの位置からは、姿を窺う事の出来ぬルカを、キバが呼んだ。
「──未だ、母上が生きていた頃。お前には随分……。だから、せめて、な。──最近になって、そう思える様になった」
踵を返したらしく、沸き立たせた足音を、徐々に遠くしながらも。
一度だけルカは立ち止まった風で、そんな事を云った。
それを最後に。
本当に遠くなって行く彼の足音に、耳そばだてながら、シュウは目を閉じた。
「シュウ殿? ……如何致しますかな?」
微動だにせず、廊下の向こうへとルカが去るのを見送り。
キバが、シュウを振り返った。
「あの男が……貴方を救う、と云うのだ。好きにさせれば良かろう……」
この度の作戦に、ルカを伴っても良いか、と尋ねた老兵に、シュウは苦笑を返す。
「では、その様に」
向けられた苦笑に、苦笑を返し。
キバも又、シュウの部屋を今度こそ辞した。
──パタリ、閉じられた扉の外より、キバの気配が消えるのを待って。
シュウはそうっと、一度は閉ざされた扉を、自らの手で開いた。
もう誰もいない部屋前の廊下へと出、佇み、ルカとキバ……いいや、ルカが消えた方角を、彼は見詰める。
『あの』彼が、何故あんな事を言い出したのか、少しばかり不思議だったけれど。
『あの』彼がああ云ったのだから、レオンの足留めの為だけに、むざむざ、キバ達を見殺しにしなくても済むかも知れぬと、訳もなく、彼はそう思った。
根拠のない事を信じるなんて、軍師の思考らしからぬのに、と頭を振りつつシュウは部屋へと戻り、しっかりと扉を閉ざして、すい、と子猫を抱き上げる。
「ニャ?」
思っていたよりも強い力で抱き締められた事に驚いたらしい子猫が、問う様な鳴き声を上げた。
出したくもない答えが、出てしまいそうで。
堪らなく、嫌だった。
ずるずると、考える事を放棄した振りをして。
これまで、少年達の問う事を流し続けて来たのに。
心の何処かで、計算に必要な範疇以上に、彼を認めてしまいそうな自分が、堪らなく嫌だった。
ほんの少しばかり、恨み辛みを云ってやりたい思いは、未だ抱えているのに。
──あの男の様になりたかった。
……そんな『羨ましさ』から始まった、あの男への思いが、その先にある物へと、取って変わりそうで。
唯、自分達は、似た者同士、傷の舐め合いをしていただけなのに。
似た者同士でありながら、或る意味、対極の生き方を選んだ彼ならば、何も彼もを判ってくれそうで、そしてそれに甘えてしまいそうで。
嫌で嫌で、仕方なかった。
あの男の中身が、如何なる物で出来上がっているかなど、今更、考え直すべき事でもないのに。
己が立つ場所を、誠に正しく理解してくれるだろう、唯一の者を欲する、人としての性が、堪らなく。
なのに…………なのに。
嫌で嫌で、仕方がないのに。
今宵の苦渋に手を差し伸べてくれた彼に対する感謝は、胸の何処かにあって。
差し伸べられた手に対する安堵も確かにあって。
その手を差し伸べたのは、『あの』男なのに。
あの男の手は。
縋ってしまいたくなる程に途方もなく、甘やかで。
…………欲しかった。