52.行き着く先 act.4
寒さが厳しくなって来たにも拘らず。
シュウは自室の窓を開け放って、そこに、腰を下ろしていた。
今宵一晩。
城内の何処からも、泣き声ばかりが聞こえて来るだろう。
ナナミを憶い、ナナミを亡くした盟主を憶い。
仲間達は泣いて、俯くのだろうな、と。
目に見える程にはその表情を変えず、シュウは静かに瞑目する。
瞳を閉じてしまえば、過ぎる後悔は沢山あった。
何故、彼女を行かせてしまったのだろう、とか。
何故、共に行くのだと言い張った彼女を、許してしまったのだろう、とか。
どうして、ゴルドーの考えていた事を、思い付かなかったのだろうか、とも。
盟主を支える軍師として、彼女をも守ってやる事が出来なかった事実が、後悔となって彼を襲って来た。
盟主の少年を、慰める言葉の一つも浮かばない。
その代わり、脳裏を占める言の葉は、たった一人の人間の死に、沈む姿を見せぬ様にと、少年を叱咤するものや、この機に、ハイランドを攻める為の口上と云った物で。
それが己の仕事だと、シュウは充分理解しているし、それに、嫌気が差す訳でもないし、冷血漢と呼ばれようが、人でなしと陰口を叩かれようが、あの人の為になるならば、いっそ、名誉だとすら思うけれども。
彼とて、人であるのだから……こんな風に過ぎる夜が、空しい、とか侘びしい、とか、思う心根さえ持ち合わせていない訳ではなく。
「皆揃って、幸せって云うのが、いいと思うんだ」
微笑みながらきっぱりと、そう云ってのけた盟主は、『シュウさんが悲しそうな顔をしてたから』、と、ルカ・ブライトの命さえ救ってみせたのに。
彼が最も失いたくないモノの一つだった義姉の命が摘まれたこの運命に、シュウとて、溜息の一つも、吐き出したくはあった。
……あの、トランの英雄同様。
その手の中にあるモノを、ボロボロと零しながら進むのが、天魁星の導きに従う者の運命なのだとするなら。
やり切れない、そんな思いさえ、浮かぶ、と。
窓の向こうの闇を見詰めながら、シュウは、重たい息を吐いた。
────けれど、自分は。
何があろうと、この憶いも、この吐息も、少し、落ち加減な肩も。
人々に見せる訳にはいかないと、頭を彼は振って。
すっと、頬から暗い色を消し去った丁度その時、入室を問う音もなく開かれた扉を見遣った。
…今宵。
ノックもせずに、この部屋を訪れる者など、たった一人しか心当たりがないから、又、あの男か、とシュウは、それまで吐き出していた溜息とは、質の違うそれを出し。
「…………何だ」
部屋に入り込むや否や、何も云わずにズカズカと近付いて来た男──ルカに、鬱陶しげな態度を見せた。
唯でさえ。
これまでだったら、胸の底から浮かび上がらせる事もせずに、上手く仕舞い込めていた、軍師には必要のない感情を持て余し気味なのに、この上、彼に対する想いにまで、シュウは煩わされたくはなかった。
「……あの小僧は、どうしている?」
なのに。
ルカは真直ぐに近付いて来て、盟主を気遣う風な台詞まで吐き。
「さあな……。多分、マクドール殿が、お傍にいるのだろう」
だから仕方なく、素っ気無い台詞を返してやれば。
「お前は……。損な質だな」
断わりもなく、窓辺に並んで腰掛けたルカは。
シュウの手首を取り上げ、引き。
するりと己が腕の中へ、シュウを収めてしまった。
「どうして……」
思わず身動いだシュウを、逃さぬ、とルカは腕に力を込めた。
「誰もお前の事は、判らぬだろう? あの娘が死んだ夜を、痛み分ける相手なぞ、おらんだろう? 見せる訳にはいかんからな」
抱き締めた理由を、ルカはそう語る。
「…………お前に甘やかされる謂れなど、私にはない」
逃れる事の叶わぬ場所に、渋々と身を預けて、シュウは洩らした。
「仕方あるまい。俺達は、良く似ているのだから」
シュウが告げた苦情を、さらり流し。
ルカは唯、肩を竦め。
「俺が『死のう』と終わらなかった戦争を終わらせる事が、あの小僧の為にお前がしてやれる、唯一の事ではないのか。だからお前は、もう嫌なのだろうに、何も感じぬ振りをしているのだろう? そんな事に気付ける者は、少ないと云うのに」
シュウを抱き締めた腕に、更なる力をルカは込めた。
そして、シュウは。
ルカに預けた体から、漸く強張りを解いて。
見えてしまいそうな行き着く先の為に、瞼を閉ざした。