54.少年達の願い act.2
「貴方の云う事は、全てが正しく響いて、師・マッシュの言葉よりも正しく響いて……私は貴方に、憧れた。貴方の様に、なりたかった。戦場も、戦況も、人の命も、己が手の中で操り、絶対の勝利を導く、そんな存在になりたかった。……でも。貴方の様になりたくて……貴方を目指して……ふと、気付いた。私の中から、『何も』なくなってしまっている事に」
ビクトールと共に駆け付けた、燃え盛る森の直中にて。
ルカは、対峙するレオン・シルバーバーグに、そう告げるシュウの声を聞いた。
悠長に喋っている暇などないのに、あの馬鹿は何をしている、と、剣を握り直し、レオンを切り捨てるつもりで、彼は前に進もうとしたが、ビクトールはその肩を掴んで止める。
「何故だ?」
「……いいから。ちょいと、あの軍師様が何を垂れるか聞いてみな。……未だ、時間はある」
その手を振り払おうと、ルカが、ギッと傭兵を睨むも。
大丈夫だから、と傭兵は云うばかりで。
仕方なし、彼はその場に留まる。
「……何もなくなった? それは、感情の事を云っているのか? それがどうした? 結構な事だろう。下らない情に流されて、掴める筈の勝利、正しく流すべき歴史、それらを失うよりは遥かにマシだ。何故、そんな物に拘る。儂にも、お前にも、この世界に何が必要か、必要な物を世界に与える為にはどうしたらいいのか、それを知る才、それを得る才、全て備わっていると云うのにっっ。歴史の前に、情が一体、何の意味を持つと云うんだっっ。情など持たず、人の命運を操ってこそ、我々は、我々で在るのにっ!」
ルカとビクトールが、そんなやり取りを交わしている間に。
ぽつぽつと、シュウが云った事を、下らぬ、と切り捨てるレオンの言葉が森に響いた。
「……私は……っ。私は、神になる気などないっっ! 況してや、それを気取るなどっっ!! 私は、神になりたかったんじゃない……。……私は、かつての貴方の様になりたかった……。師・マッシュの様になりたかった……。戦場の中で、正しく軍を導いていた、貴方達の様になりたかった……。唯、それだけだった……。私がなりたかった者と、私の正義は、決して同じ次元には……っ……」
己達が、何の為に生き、何の為に在るのか。
それを語ったレオンに、シュウが怒鳴った。
が、レオンは。
それを、下らぬ感情と云うのだ、と呟き。
業火の森の、更に奥へと消える。
「……っ…レオン・シルバーバーグっ!」
その背を、シュウの声が追ったけれど。
霞んで行く背中が、再び濃くなる事はなくて。
「────おい」
佇むシュウを、木立の影から姿現したルカが呼んだ。
「大丈夫かよ、シュウ」
ルカと共に進んだ、ビクトールも又、シュウを呼び。
二人の声に、流石に驚愕した風な正軍師は振り返ったが。
「急げ」
シュウが口を開く間も与えず、その手首をルカが掴んで、元来た道を走り始めた。
「…………どうして……ここに……」
ルカとビクトールの二人に支えられる様にして急ぎながら、上目遣いをシュウがした。
「それは、俺が聞きたい。……貴様、どうして、ここにいる? 自ら火を放った森の中になぞ」
彼の云う、どうして、の問い掛けを、ルカも又、告げた。
「死ぬ気だったのか」
きつい口調で、ルカは更に問う。
「…そんなつもりはない」
「良く云うぜ。どうせ、死ぬつもりだったんだう?」
目線を伏せて、誤解だとシュウは云ったが。
それは嘘だろう、とビクトールが揶揄した。
「…………本当に、最初から死ぬ気など、なかった。唯……レオンを倒す為に取った策だから……死んでも致し方ない、程度の事は、思っていた」
両脇から沸き起こったきつい言葉に、シュウはそれでも食い下がったけれど。
「それを、死ぬ気、と云うんだ、愚か者」
今まで以上に鋭い声で、ルカは言い放ち。
「死ぬ気、だったのか。…………お前、は。死ぬ、つもりだったのか…………」
追い掛けて来る火から逃れるべく、自然、足取りを早めながらも、固く瞳閉ざして、彼は唇を噛み締めた。