58.終わりと始まり

「えっ……とね。──御免なさい。一寸、時間を貰ってもいいかなあ?」

ハイランドとの戦争に勝って、デュナンの地に、新たなる王国を建国する事になり。

新国王に、と、同盟軍本拠地の広場に集った人々に、そう請われた少年が、返した言葉は。

是でもなく、非でもなく。

待って欲しい、と云う一言だった。

故に、申し出を、少年は決して断りはしないだろうと信じていた仲間達は、その答えに一瞬の驚愕を示した。

「御免ね。どうしても、今は未だ、答えられない」

しかし少年は、色めき立った人々に、唯静かに頭を下げ。

とん、と身軽な風に壇上より降りて、スタスタ、出口を目指し。

「帰って来られるかどうかも、判らないから」

ぽつり、そんな言葉を呟いて、その言葉を放たせた源は判らないまでも、さっと顔色を変えた人々を遠ざける様に、パタン、と、扉を閉めた。

それから、三日程の後。

疲れや、空ろの名残りを、いまだ隠しきれない姿で、マクドールに抱き抱えられる風にしながら、盟主だった少年は、デュナン湖畔の古城に、帰って来た。

最上階にある部屋に彼を休ませ、眠るのを待って、階下に降りて来たマクドールが人々に語った処によれば。

少年は、最後の最後の、決着、を、付けて来たらしい。

二人が、離れ離れになったら、この場所で再会しよう、と、『遠い昔』に親友と交わした誓いを、彼は果たしたのだそうだ。

だから、そこで親友は待っている、と確信していた少年は、約束の場所で、ルルノイエが落ちた日、どうしても見付ける事が叶わなかった、最後のハイランド皇王、ジョウイ・ブライトと会い。

けれど、その再会は『不幸』にも、心の底から取り戻したかったろう、少年の親友の死、と云う結末に終わり。

不完全なそれだった、輝く盾の紋章が輝いていた右手の甲に、『始まりの紋章』を宿らせ。

「最後の最後に……僕はリーダーだって事、忘れちゃったけど……。許してくれる?」

少しばかり謎めいた謝罪を告げながら、『微笑み』を浮かべ、彼は。

この大地に新たに建ったデュナン国の、少年王になった。

ジョウイとの再会を誓った約束の地より、盟主が帰城して数日後。

望まれるなら『取り敢えず』、国王になってもいいよ、と笑って云った少年を、宰相に推されてしまったシュウの部屋より眺めながら。

「……どうして、あの小僧は、あんな風に笑っていられるのだろうな」

ぽつり、ルカが呟いた。

「さあな……。あの少年……否、我らが王も、トラン建国の英雄も、我々には計り知れぬ場所に、立っているからな……」

戦争が終わってより、当たり前の如く部屋に居座る様になったルカに、シュウが遠い目をして答えた。

「故郷を失い、義姉を失い、親友も亡くして。それでも、か…………。その理由わけを、何時か聞いてみたくはあるが……」

「が、何だ?」

少年より目を離し、判らぬ、と首を振りつつ、ルカは立ち上がり。

その姿を、シュウは目で追った。

「今暫くは、無理そうだ」

追い掛けて来た視線を、振り返りながらルカは捕らえる。

「何故?」

「…………ここを、離れようと思う。戦争は終わったのだ。遊歴の戦士は、消えるのが道理だろう。どうしたら、償いの真似事が出来るのか。それを考える事から始めんとな……」

────行く、のか。何処か……遠い場所に?」

瞳に、少しばかり申し訳なさそうな色を浮かべたルカより、シュウは顔を背けた。

「そう遠くない先に、必ず帰って来る。何時までも悩むのも、性に合わん」

…俯いてしまった彼に。

ルカは、手を伸ばし掛け、が、抱き寄せる事も、触れる事もせず。

もう、シュウを見遣る事なく、唯、前だけを向いて、彼は部屋を出て行った。