59.行き着いた先
人間が感ずるよりも、尚早く。
時は、移ろうもので。
あの戦争が終わって、瞬く間に季節が流れて。
三年。
あの頃よりも長めの前髪を、少しばかり鬱陶しそうに掻き上げながら、本当に遊歴の戦士となったルカは。
デュナンの畔に建つ、懐かしい古城の、門を潜った。
──今年で丁度、彼は齢三十になる。
あの日、この城を発ってより、諸国を流れて、時には海も、彼は渡った。
本当はもう少し長く、世界を見て歩くつもりだったのだけれど。
シュウを一人残して旅立とうとしていた彼に、何時の間にか、国王になった少年と、トランに帰りもせずに居残っていたマクドールの二人が、すすっと気配を殺して近付き。
「ルカさんが、三十になるまでしか、待ってあげないからね」
「三年も放浪すれば充分だろう? 僕も、それくらいで事足りたよ」
口々に、そう云ってのけたので。
それから、丁度三年目の今日、彼はこの城に、舞い戻って来た。
暗に、三年しか待たない、と云った少年達の意図が、何処にあるのかは、やはり謎だったけれど。
一人残してしまった人の事を思えば、流離いの日々も、ここらで潮時の様に思えた。
……本当の切っ掛けがどうであれ。
あの戦争の全ては、己の為に始まった事だ。
過去を恨んで、憎んで、何も彼もを消してしまいたくて、戦いを始めた。
戦いの日々の中で、彼に出会って、執着を覚えた。
何時の日か、戦いの中で滅びる事が、密かな望みだったのに、生き長らえた。
生きろ、と命ぜられた場所で、全てを流してみれば、『止まる事は許さぬ』と、そう云わんばかりの不可思議な少年達に、日々の生活に、人々に、全ては『変えられた』。
そうして、戦いが終わる頃、生涯消えぬ、後悔を覚えた。
だから旅立った。
求めるものを、探してみたかった。
……でも、『術』が欲しくて旅立ったのも全て、戦いを始めてしまった己の中に責があり。
結局はあの彼を、一人待たせるだけの我が儘でしか、ないのだろうから。
──彼は。
この城に、帰って来た。
彼のいる場所に。
欠かす事出来ぬ存在を失うと云う事が、どれ程の意味を持つのか、それを感じ取らせてくれた、彼のいる場所に。
「……やられた…」
三年前のあの時と、変わる事ない面差しで、前触れも無く姿現したルカを出迎え。
シュウは、苦笑を浮かべた。
「何をだ?」
再会を噛み締めるでもなく、挨拶や包容を交わすでもなく、ぽつり呟いた彼に、ルカは首を傾げる。
「きっともう直ぐ、お前が帰って来るから平気だと、先日より、国王陛下と何処ぞの英雄殿が、洩らしていてな。何を云っているのかと思えば……本当にお前は帰って来て、そして、彼等は消えてしまった。平気、と云う意味はどうやら、二重の意味で、だったらしい」
「成程……」
唯々、苦笑を深めるだけの彼に、ルカは応えを返し。
「あの小僧共が云った様に、本当に二重の意味で、平気になるのかどうかは知らんが。取り敢えず、俺が帰って来たのは確かだな」
「……答えは、見えたか?」
少年達の『予言』が、正しいか否かは判らぬが、半分は事実だと認めた彼を、じっと見詰め、シュウは尋ねた。
「さあ、な。それは……やはり、判らん」
「随分と、いい加減だな」
この三年の放浪は、単なる徒労に終わるやも、と云った彼に、シュウは肩を竦めたけれど。
「でも、それでも」
「……何だ」
「一つだけ、決めた事がある」
「何を?」
「お前の傍に、いる。そう、決めた」
相変わらず、無表情を崩さない、未だに冷血漢と噂されているのだろうシュウへ向け、ルカは、ふわりと笑ってみせた。
End