じっと、神殿の入り口を見詰めて微動だにせず立ち尽くすビッキーとフッチに、
「ビッキーさん、フッチさんっ! ここはもう崩れるっ! だから早くっ!」
漸く、魔物だらけだった神殿より抜け出て来たヒューゴが声を掛けた。
「カナタさんとセツナさんなら、きっと大丈夫だからっ」
少年達に頼まれてそうしているのだと言った二人を、アップルも促す。
「カナタとセツナ?」
「又、禄でもないことを言ったのか? あの二人は」
今にも完全に瓦解しそうなそこから、少女と青年を引き摺り出そうと、ゲトとクリスは踏み出した。
「大丈夫っ。直ぐに戻って来るって言ったからっ」
しかし、ビッキーは、にこにこと笑顔を湛えたまま二人の手を振り払い、
「皆さんは、逃げて下さい。彼女には、俺が付いてますから」
フッチは、心配することなど何も無いから、と言い放つ。
「……でも──」
頑なビッキーとフッチに、このままでは行けない、とヒューゴが困ったような声を出し掛けたが。
「──あ、ほらっ。来たっ!」
その時、ビッキーの歓声が上がって、彼女の指し示す方向を人々は見遣る。
人々が振り返った先、そこには。
紋章の魔力が封じ込められた札の力によって、迷宮を抜け出て来たカナタとセツナと、二人に連れられたルックとセラの姿が浮かび上がって。
「……え……」
「馬鹿な……」
この地の英雄達は、息を飲んだけれど。
「ビッキー、御免、飛ばしてっ。何処でもいいからっっ」
「早くっ!」
無意識に剣の柄へと手を伸ばした英雄達には目もくれず、セツナとカナタは叫んだ。
「はいっ」
「……ルックっ!」
少年達の叫びに答えて、ビッキーとフッチが彼等へと駆け寄る。
「お前達、どうする気なんだよっ!」
唐突な展開に、一瞬、動きを止めてしまったヒューゴも、ビッキーが瞬きの魔法を唱え始めるのを見て駆け出した。
「ヒューゴっ!」
「おい、ヒューゴっ!」
駆け出したヒューゴを、クリスとゲドが追う。
「えーーいっ」
──────破壊者の二人と、異国の英雄達と。
かつての仲間に手を伸ばした竜騎士、瞬きの魔法を唱えた少女。
そして、この地にて英雄となった三人。
それらが、触れ合う程に近付いた、丁度その時。
少し間の抜けたビッキーの掛け声が上がって、人々は、その場から消えた。
瞬きの魔法の光に包まれ、反射的に目を瞑った人々が、次にその瞳を見開いた時。
崩れようとしている遺跡は、もう無く。
辺りの風景は、穏やかな風の渡る、平原に変わっていた。
「……頼んでおいて、何だけど……。ビッキー、もう少し、こう……ね。手荒じゃないのが良かったかな」
中空に放り投げられる形になって、流石に受け身も取れずに背中から草の上に落ちたカナタが、顔を顰めて立ち上がる。
「えへ。御免なさいぃ」
彼より上がった苦情に、ぺろり、ビッキーは舌を出した。
「ここ……は……? ヤザ平原?」
カナタ同様、投げ出された所為で痛む体を押さえて、フッチが辺りを見回した。
ヒューゴ、クリス、ゲドの三人も、それぞれ草の上より身を起こして。
無言のまま、どうしてくれようと、未だ大地にあるルックを見詰めた。
セラは、瞼を閉じたまま、ルックの傍らに横たわっている。
ルックも又、その身を横たえ瞳を閉ざしていたが……、そんなルックの上には、セツナが、チョン……と座っていた。
「………ルックの馬鹿」
魔法によって転送され、ここに現れた時既に、セツナはルックの上に乗っていたのだろう。
が、彼は、そこから動こうともせず。
「ばーか。ルックの馬鹿。馬鹿ルックーーーっっ」
ルックの胸許に両手を付いて、顔を覗き込みながら、何度も何度も、馬鹿、と訴えていた。
「どうして、あんなことしちゃったの? どうして、間違えちゃったの? ルック。ねえ、ルックってば。ルックっ! 馬鹿ルックっっ!」
大きな薄茶の瞳から、涙を溢れさせて。セツナは何度も、ルックの名を呼ぶ。
…………と。
「ルックの、馬鹿ーーーーーっ!!」
「……うるさいんだよ、お馬鹿」
一帯に響いた何度目かの叫びの後、ぼそり、不機嫌そうな声が、セツナの下より吐き出された。
「あ、ルックっ! 馬鹿っ!」
「だからっ。馬鹿馬鹿うるさいって言ってるだろっ。重たいんだから退いてくれない? 何時まで、そうしてるのさ」
「だってっ! ルックがいけないんだもんっ! ルックが馬鹿だからっ!」
「泣くんじゃないよ、鬱陶しいっっ。馬鹿馬鹿ってね、どうして僕が君みたいなお馬鹿に、馬鹿って言われなきゃならないのさっ」
────ルックが意識を取り戻した途端。
セツナの泣きながらの罵りと、そんなセツナに悪態を吐く、ルックの応酬が始まる。
「ルックだって、泣いてるくせにっ!」
泣きながら喚き散らして、セツナがルックに抱き着いた。
「うるさいねっ。僕が何時、泣いたって言うのさっ」
セツナ同様、何時しか溢れ出した涙で頬を濡らしながら、抱き着いて来た彼より、ルックは逃れようとした。
「ルックの、嘘吐きーーーーーっっ」
しかしセツナは、ルックを抱き締める腕に、一層の力を込める。
「僕の耳許で怒鳴るなっ! ──カナタっ! このお馬鹿は、あんたのだろうっ! 何とかしなよっ。何時まで僕に抱き着かせとく気っ?」
故に、仕方なく、ルックは泣き濡れた顔をカナタへと向けた。
「ああ、そうだよ。セツナは、僕の。何時までも、ルックに張り付かせておくつもりなんて無い。……だからね」
すればカナタは、にっこりと笑って、セツナとルックの許に寄り、その膝を折り。
「これなら、僕的にも満足かな」
縋り付くセツナごと、彼はルックを抱き締めた。