「…………本当に、馬鹿だよね、二人共……」
「馬鹿なのは、セツナの言う通り、ルック」
自分の胸に、顔を押し付けて泣き続けるセツナ。
そんなセツナと自分を抱き締めて微笑むカナタ。
その二人を見比べて、ルックは。
そっと彼等を抱き返す。
「……訊いても、いいかな……」
──抱き合って、泣き合って。
漸く、カナタがルックよりセツナを引き剥がし、死の淵より戻って来たばかりのルックの体をフッチが支えた後。
にこにこと近付いて来たビッキー、呆気に取られて光景を見守っているだけの三人の英雄、それらを見渡し、今度は静かにルックが口を開いた。
「なぁに?」
「何だい?」
その言葉は、自分達に向けられたものだと悟ったセツナとカナタは、ルックを見詰める。
「どうして……僕を連れに来た……?」
「それを問うなら。僕も問う。何故、あんなことを仕出かした? ルック」
何故、救いに来たのだ、と。
そう問い掛けるルックを、カナタの眼差しが射た。
「…………僕は……。僕は、三十年間見続けた、寒々しい未来を変えたかった……。何時か、君に言ったよね。真の紋章なんて、どれもこれも皆呪いばかりで、まともな運命齎してくれるモノなんて一つもありゃしないって。何も彼も、砕いてしまえば、棄ててしまえば。紋章なんて、この世から消えて、自分も消えて、そうしたら、救われるかも知れない……って。……僕は、そうしようと思っただけ。紋章の望む未来──何時か必ずやって来る未来が、あんな寒々しいものでしかないなら、人が生きている意味なんてない」
「……だから?」
「ああ。だから。……変えたいと思った。人の未来を。同胞から生まれなかった、人じゃない僕なら……風の紋章と共に消えたって、誰も痛みはしない。──例え、百万の命を奪おうと。この大陸が消えようと。この世にある全ての命が消える未来よりは、マシじゃないか……って……そう思ったんだ……。だから……」
「ルック。それが、答えだよ」
眼差しに請われるままに、ルックが思いを語れば。
それが、答えだと。
あの遺跡まで、君を連れに行った理由はそれだ、とカナタは言った。
「……それ…?」
「僕も、セツナも。君の噂を聞いた時、君のやろうとしている話を耳にした時。最初は、止めようと思った。こうなる前に、何としてでも、君を止めようとね。そう思った。でもね、君には君の事情がある。この戦いを起こすことを、最善の道と君が思ったのなら。止めた処で、君は何度でも同じ過ちを繰り返すだろう、そう思った。だから、止めなかった。──君は、君の信念に従って、この戦いを起こした。僕達は、僕達の信念に従って、君を連れに行った。それだけだ」
「……君らしいことを言うね……」
「ああ。僕は僕だからね。例え、何百年経とうとも。どう変わってしまおうとも。……君が勝つことはないだろうと、僕達は知っていたから。だから、止めなかった……というのもある。この戦いは、僕達の戦いではないしね。それに、紋章は所詮、紋章で。運命は所詮、運命だから」
「運命……か。でも、運命なんて、所詮、運命なんだろう……? なのに僕は、それに勝つことも、出来なかった……」
フッチに縋るように草の上に体を投げ出しながら、カナタの言うことに、ルックは苦笑を浮かべる。
「勝つ? 何に? 運命に? ………………ルック。昔に言ったことを、もう一度、君に言おうか。────僕達が辿り着いた『高み』、それは決して、ルックには見えない。それと同じように、ルックが辿り着く高みは決して、僕達には見えない。僕達には僕達の運命があり、ルックにはルックの運命があるから。……やはり、昔に言っただろう? 運命は、命を運ぶ先と書くと。持って生まれてしまった星、それは僕達にはどうにも出来ない。だから、僕はそれは受け止める。けれど。その導きの下、命を運ぶのは自分だ」
「良く、覚えてるよ……。でもね…………──」
「──馬鹿ルック。能くお聞き。僕も、セツナも、君も。不本意ながら、この場所に御招待してしまったそこの三人の英雄殿達も。皆、星に導かれて真の紋章を宿している。条件は同じ。でも、僕達は願いを叶え。君は叶えられなかった。それはね、相変わらず君が、僕の言う『運命』の意味を、履き違えているからだよ」
苦く虚ろな笑みを浮かべるルックを見下ろして、未だ泣いているセツナの肩を抱きながらカナタは語った。
「僕達と、君の決定的な差。それは、生まれた時から真の紋章を宿していたか、生涯の途中で紋章を宿したか、だ。──ああ、『だから』君が勝てなかった、と言ってるんじゃないよ。……生まれた時から、否応なしに紋章を身に宿して、寒々しい未来を見続けて来た、君の事実。それは、酷く不幸なことだったと思う。そしてそれは、ルックの所為じゃなくて。変えようのない君の『運命』。だが、それは、誰にもどうしようも無いことで。絶対に変えられないのだから。嘆いても始まらないんだよ。そんなことを嘆くから。そんな、変えられない運命を変えようなんて思うから。こんな馬鹿な戦い、起こすんだよ。僕達は誰も。過去さえも変えよう、とはしなかったのだから」
「……ねえ、ルック」
ルックへ向けて、静かにカナタが語り終えた後。
涙の止まらぬ目許を拭いながら、今度はセツナが口を開いた。
「ルック、自分のこと、人じゃないと思ってたって言ったよね? でも、ルックはルックだよ? 僕達と何も変わらないじゃない。ルックが消えちゃったら、僕は痛いよ? とっても痛い。だって、友達だもん……。──カナタさんが言う運命って、過去のことなんだよ? 僕達にはどうしようもない、過去。でも、ルックが生まれた時から紋章宿してたって、寒々しい未来を見たって、ルックは生きてるんだし、未来は未来なんだし、必ずそうなるって決まった訳じゃないじゃない。そんなの、それこそ、自分達で運ぶ先を決めればいいんだよ? だからもう、馬鹿なこと考えないでね?」
「セツナ……」
「皆、心配してたよ? 星辰剣も、トウタも、ジーンさんも、ビッキーもフッチも、アップルさんだってっ。だからもう、寂しいこと言わないで? もう、自分を砕いて、棄てて……なんて、思わないで?」
どうやっても止まらない涙を何度も拭いながら、セツナはルックに訴えた。
「でもね……セツナ。僕がしてしまったことは、正しく過去で。もう、取り返しなんか……」
「なら、生きて償おう? ね? 生きて償って。死んでしまった人は、もう還っては来ないけど。どうやって償うんだって言われると、返す言葉は今はないけど。……でも、償えるよ? 生きていれば、必ず。だから、ルック……。ね?」
「ルック? 僕達は、天を魁ける星の下に生まれた。ルックが、僕達に『夢』を託してくれるなら。僕達は、君に『夢』を見せよう。人の想いは、命を運ぶ先を掴み取れる程に強い。紋章の見せる未来など、何時か変えられる。その『夢』を、僕達は君に見せるよ。──僕にはセツナがいる。セツナには僕がいる。そして君には、僕達がいるから。僕達は君に、『夢』を見せるよ。幸い、僕達の人生は、永いからね」
セツナの訴えの後に、カナタは、『夢』を約束した。
そんなセツナとカナタの言うことに、ルックは俯いてしまったが。
「あ、あのっ!」
ルックが下向いた途端、ビッキーが声高な声を出した。
「ピクニックっ! ピクニックしよう、ルック君っっ。あ、あのねっ。何時かみたいに、皆でピクニックしたくってっ。だから、ここに飛んだのっ。ほら、前に皆で出掛けた野原みたいでしょ? ルック君が付き合ってくれた時みたいに、お天気もいいでしょ? だからね、ルック君っ。お弁当ないけどっ。──ルック君、優しいからっ。ルック君、悪い人じゃないからっ。私は、ルック君に生きてて欲しいっっ。……ルック君はルック君だよ? ピクニックに付き合ってくれたルック君だよ……? だから……」
あの頃のように、ピクニックをしよう。
そう言ってビッキーは、ルックの腕を掴み、揺すり……泣き出す。
「昔、さ。カナタさんが言ってたじゃないか。君は、一人じゃないんだよ。いいね? ……ってさ。遠い未来が見えて、それが寒々しくて、悲しくて、死にたくなっても。やってしまったことの償いをして生きて行くのが辛くなっても。ルックは、一人じゃないから」
泣き出したビッキーに釣られたように、声を詰まらせながら、フッチもそんなことを言った。
「………………そうだね。そう出来れば……いいね…………」
セツナの訴え。
カナタの約束。
ビッキーの泣き声。
フッチの言葉。
それらを受けて、ルックは、俯いていた面を持ち上げ、四人の顔を順番に眺めて、にこりと微笑んだ。
「……でも………御免…………」
そして、微笑みながら彼は、小さな声で謝罪を告げる。
「……え?」
「ルック?」
「ルック君?」
「御免…って……」
「……どうして、セラが目覚めないと思う……? カナタとセツナが僕とセラにくれた魔法の光は……僅かの、延命、にしか…………──」
謝罪に、さっと顔色を変えた四人に、ルックは唯々、微笑み。
ク……っと軽く、咳き込んだ。