「ルックっ! 駄目っ!」

「やだ、ルック君っ!」

咳き込む音と共に、ルックの唇の端から血が零れ出たのを見て、セツナとビッキーが悲鳴を上げた。

「セツナ、手、出してっ!」

寄り掛かっていたフッチの体からズルリと滑り、草の上へと落ちて行こうとする彼に、カナタは紋章を掲げた。

「ルックっ!」

落ちて行くルックの体を、フッチは抱き止め。

「カナタさんっっ」

セツナは、掲げられたカナタの手を握った。

二人が手を握った瞬間、祭壇の間に溢れたような淡い淡い光が、辺りを包む。

…………が。

ゆるゆると弛緩して行くルックの体を癒すこと、その命を引き止めることは、叶いそうにもなくて。

「もう……いいから……。だから……カナタも……セツナも…………」

ツ……と、頬に涙を伝わせながら、ルックは笑む。

「ヤだっっ。絶対、ヤだっっ! 諦めないっっ」

「たった今、言ったろうっ。『夢』を見せるってっ。その結末も見ないで、逝く気なのか、ルックっ!」

「未来なんて、かも知れないでしかないんだよっ! 変えられるんだよっ! ルックっ! そんな風に、自分の未来、手放さないでよっっ!」

「命を運ぶ先くらい、自分で決めろっ! 紋章如きに、魂砕かれたと引き下がるのかっ!」

僕の命の先は、もう、無いのだと。

そう言いながら微笑んだルックに二人は叫び、一層の力を手に込めて、彼等は淡い光に眩さを与えた。

けれどそれでも、ルックの頬から色は失せ。

瞳の輝きは褪せ。

セツナも、カナタさえも、ぎゅっと瞼をきつく閉じた。

「…………あの」

──────と、その時。

彼等の傍近くで、控え目な声が上がった。

ばっと、振り返った二人の視界の先にいたのは、ヒューゴ。

「俺……紋章なんて宿したばっかりで、どうしたらいいのか、よく判らないけど……」

何だ、と言いたげな色を瞳に乗せた二人に、怖ず怖ずと言いながら彼は、右手を差し出した。

「もしも……何とかなるのなら……」

ヒューゴと共に近付いて来ていたクリスは、真なる水の紋章を輝かせ始めた。

「償う、と言うのなら。見せて貰いたいものだな……」

ゲドも又、ルックの額辺りに、その掌を翳す。

「お……お前の為にじゃないからなっっ。この二人と、フッチさんとビッキーさんの為にだからなっっ。俺は、お前のこと、許した訳じゃないからなっ。許したり、しないんだからなっっ」

その重みにすら耐えられぬ、と瞼を下ろし始めたルックが、己の微かな視界の中に飛び込んで来た彼等の姿に驚きを覚えたらしいのを見付けて、慌てた口調でヒューゴが怒鳴った。

「あー、もう、何だって良いですからっ! ルック君、起こして下さいっ!」

ルックを前にして、ごちゃごちゃと言い訳を口にし出したヒューゴに、泣きながらビッキーが喚いた。

「ルックっ。きっと大丈夫だから。ルックっ」

ぎゅっと固く瞳を瞑って、ルックを抱き止める腕に、フッチは力を込める。

「…………馬鹿……だよねえ……。誰も……彼も……。僕……も……。宿……星に……導か……れる者は……皆……馬鹿、なのかな……」

閉ざされそうな己が瞼を、何とかこじ開け。

人々の声を聞き届けたルックが、ぽつりぽつり、喋り出した。

「思い……出すよ……。懐かし……あの、頃……。『夢』、を……託し……いいかな……って……思ってた、あの頃……。今に……なって……ホントにそれを……思い出すなんて……ね……。────今に、なって。……生きたい、と思う……なんて、ね…………」

詰まる息で想いを語りながら、ルックは。

生きたい…………と。

今になって初めて、生きたいと思った、と吐露し。

空を睨むように見開いた瞳から、又、涙を溢れさせた。

「生きたい……。生きて……みたい……。赦される……なら……今度こそ、立ち止まって……生きてみたい、よ……。……『夢』……見てみたい……よ、カナタ……セツナ……。ピクニックに……行きたい……よね……ビッキー……フッチ……」

睨み付けた、晴天の空に捧げるように。

滔々と、涙を零して。

ルックは、その時、大きく息を吸った。