北大陸南部を領土とする、現トラン共和国にて勃発したトラン解放戦争が終結した年より数えて、二十七年。

同じく北大陸中部を領土とする、現デュナン国にて勃発したデュナン統一戦争が終結した年より数えても、二十五年。

あの頃を知る人々が、ふ、と気が付いた時、既に、それだけの年月が経っていた。

────三十年弱の歳月は、長いようで短く、短いようで長かった。

噛み締めるには遠く、振り返るには近かった。

唯。

三十年弱の月日を乗り越えた人達に、同じだけの齢を重ねさせた、それのみが、確かに言えることだった。

有史以来、人々は幾度となく戦いを繰り返して、その度、平和を望み、「もう二度と……」と誓い合ってきた。

トランでのあの戦いの頃も、デュナンでのあの戦いの頃も、人々は、戦いつつも平和を望み、血で血を洗う争いのない世界を、荒野なき世界を、必ず取り戻すのだと誓って、焦がれたそれを手にしたのに。

その大陸の片隅の、更に辺境。

人々の誓いを踏み躙り、望みを絶望へと変える、戦が続いていた。

────そんな戦争に、トランとデュナンの戦いを知る者達──ビクトールとフリックの二人は、傭兵として関わっていた。

あの頃は未だ若かった彼等も、いい歳になった。

ビクトールは当然、フリックも、五十の声を聞いて数年が経つ。

そう、中老の年頃。

二人共、もう傭兵なんて生業で生きていくには辛い歳だ、との自覚は持っていた。

明日をも知れぬ日々から足を洗って、頑丈過ぎだ、としか言えない固結びで繋がれた腐れ縁も何とか切って、それぞれ、思うままに思う所で余生という奴をのんびり送ってもいい頃合いなんじゃないか、と考えていたし、実際、そうするつもりだった。

けれども、ビクトールとフリックを繋ぐ頑丈な腐れ縁よりも尚、彼等と戦いを繋ぐ、えにしという糸は頑丈だったようで、辺境を舞台にした戦争にて激突した二つの陣営の、選りに選って、酷い劣勢に追い込まれた側から助成を乞われてしまった。

トランの戦い、デュナンの戦い、その双方に名を連ねた彼等を、あれから三十年弱の歳月が経った今でも、知る者は少なくなかった。

例え、辺境の地にあっても。

…………嫌だった。

本当は、ビクトールもフリックも、戦いに背を向けたかった。

もう、昔のようには剣を振れなかった。昔のようには戦場を駆けられなかった。

けれども彼等は、共に、昔のようにお人好しのままだった。

追い詰められた者達を見捨てるなど、到底、出来はしなかった。

だから、話を引き受けた。

これで、最後にしよう、そう言い合って。

この辺境での戦を、自分達の生涯最後の戦いにしよう、そう決めて。

彼等は、数え切れぬまで立ち続けてきた戦場に、再び、肩を並べて赴く道を選んだ。

だが、戦場に再び、と、そう決めても。

昔の──あの頃のように剣は振れず、あの頃のように駆けられない、それが、紛うことない現実だったから、彼等が振るうのは、専ら、剣でなく培った経験だった。

得物と得物がぶつかり合う『そこ』でなく、本陣にて、前線の陣地にて、采配を振るう機会の方が多かった。

……老いを、歳を理由に戦いを遠ざけてみても、所詮、二人は根っからの戦人。

腹を括り、生涯最後の戦い、と決めたそれに首突っ込んでよりは、昔のまま戦場を駆け巡れない己の様に、深い苦笑は浮かんだけれど、過ぎた歳月が彼等の体に齎した現実は、苦い笑みを浮かべる以外を許さなかった。

そんな日々の中、二人は揃って、「歳は取りたくない」と、ぼやきを口癖にするようになった。

…………それでも。そう、それでも。

かつてのトランでの戦いの頃のように、かつてのデュナンでの戦いの頃のように、戦争に身を浸した彼等の時間は流れた。

時だけは、あの頃のように。

あの頃のままに。

それは、辺境の地で始まった戦が、そろそろ佳境を迎える、という頃だった。

元々から追い詰められていた、彼等二人が与した陣営は、敵方によって更に追い詰められた。

遠くに霞む勝利を何とかでも手にする為には、玉砕覚悟の決戦に挑むしか術はなかった。

だから、立ったが最後明日をも見失う、けれど、明日の為には立つしかない戦場、そこに。

あの頃のまま剣を振れずとも、あの頃まま駆けられずとも、ビクトールも、フリックも。

決戦の場所に選ばれた、冬真っ只中の枯れた大地に、ビクトールとフリックは立った。

厚い手袋をしていても、剣を握る指先が痺れる程の寒さは、骨と節々に堪えた。

歳を取ったとか、もうすっかりジジイだ、なんて口先では零してみても、本当は若いつもりでいたのにな……、と、やはり、二人は苦笑した。

「せめて、晴れてくれりゃなあ……。多分、もう直ぐ雪が降り出すぜ」

────そんな、立っているのもままならない寒さに晒される戦場の片隅に佇み、ビクトールは空を見上げた。

「ああ。…………せめて、晴れてくれれば。『今日は、死ぬにはいい日だ』……なんてな、冗談も言えるのに」

冬枯れの景色を見回し、今にも雪を落としそうな雲を見遣り、フリックは頷く。

「こんな天気じゃ間違っても、んなこたぁ嘯けねえな。……だが、ってことはよ、フリック」

「ん?」

「今日は、死ぬには良くねえ日、ってことだろ? 未だ未だ、俺達の老い先は長ぇってこったな」

「当たり前だ。お前との腐れ縁を叩っ斬って、悠々自適な余生を送る前に、死んで堪るか」

「けっ。そいつは俺の科白だろ。いい加減、お前との腐れ縁から解放されてもいい頃だ」

「…………あ、そうだ。ビクトール。後で、お前に貸してる飲み代返せよ。腐れ縁解消の為には、金の貸し借りも清算しとかないとな」

悴み、震える手で剣の柄を握り締めながら、戦の始まりを告げる鬨の声が上がるのを待つ間、従えた部下達も尻目に、二人は悪態のぶつけ合いに勤しみ。

「……行くぜ」

「遅れるんじゃないぞ」

「判ってるっての。お前こそ、だ。──────フリック」

「…………何だ」

「死ぬなよ」

「……お前もな。ビクトール」

荒野に響き始めた、両陣営の兵士達が放つ、地鳴りにも似た大声の中、低く言い交わした。