雪は、深々と降り続けた。

早くも、去って行った敵兵達の足跡を塗り潰し、戦場を、真実、足跡一つない純白の野へと面変わりさせても、止む気配を見せなかった。

「……フリ、ック……?」

「………………ん……?」

────寒さなど、もう感じなかった。

戦場に、己達の身に、降り積もる雪の重さだけを感じていた。

閉ざされ掛けの瞳には、純白の野のみが映り、遠くなり始めた耳には、相棒の声だけが届いた。

「…………死ぬ、には……、良くねえ日……なのに、なあ……」

「ああ……。そう、だな……」

「……フリック…………」

「…………何、だよ……、ビクトー、ル……っっ……」

「切れな……かった、な……。腐れ縁…………」

「……だ、から……、腐れ、縁……なんだろ…………」

冷たくて白いだけの塊に覆われた戦場、そこに蹲り、相手の背に背を預け、両手でしっかりと握り締めた剣を、構える素振りだけは取り続けているビクトールとフリックは。

口許に笑みを刷きながら、辿々しく言い合う。

臓物を断つまでに脇腹を抉られたビクトールも、肩から心の臓近くまでを斬られたフリックも、止めようのない血を滴らせつつ、最期の時を待っていた。

こんな、物悲しい空の日でなく。冬枯れの日でなく。

今日という日が、晴れやかであれば良かった。

…………ああ、せめて。

せめて、今日という日が、晴れやかであれば。

抜けるような青空、生命いのちの謳歌を促す太陽、そして、一面の緑。

……そんなものに、世界が彩られていれば良かった。

────死ぬには良い日だ、と。

今際の際に、精一杯の虚勢を張って、嘯きながら逝けるよう。

せめて、晴れやかであったなら。

──────もう、寒さなど判らないのに。

身に積もる雪の冷たさも判らないのに。

どうしてか、ゆっくりと温度を失っていくのが判る相棒の背中に、柄にもなく名残惜しさを感じながら、二人は、そんなことを考えていた。

せめて、今日という日が……、と。

……だが、持ち上げているのも億劫になってきた、彼等の両の瞼が全て閉ざされる寸前、二人は、足音を聞いた。

戦場を──野を覆った雪を、ひっそりと踏む足音。

だから、二人は、無け無しの気力を振り絞って、瞳巡らせる。

眼差しを注いだそこに在ったのは、二筋の足跡、そして。

「……間に合わずに……、と言うべきかな……。否、間に合った、と言うべきかな……」

「…………御免ね。御免なさい……。来ちゃった……」

────そして。

二筋の足跡を残した、少年二人。

「……カナタ…………? セツナ…………?」

「…………ゆ、め……?」

過去を過去として流し、前だけを向いて人生を駆け抜けてきたのに、懐かしさにも、郷愁にも、想い出にも出来なかった、見せ付けられた『夢』の、見続けた『夢』の、今尚見果てぬ『夢』の、具現であり呪縛である少年達──あの頃と微塵も姿変わらぬカナタ・マクドールとセツナを、ビクトールとフリックは、呆然と見上げる。

「夢ではないよ。……ビクトール。フリック。僕達は、夢じゃない」

「ビクトールさん。フリックさん。…………二人に、逢いたかった」

「…………夢、じゃ……」

「……ない、のか……。そう、か…………」

もう間もない臨終の時を迎え、立ち上がることなど到底敵わぬ彼等の前に屈み、カナタとセツナは、いっそ鮮やかと言えるまでに笑んで、ビクトールもフリックも、愉快そうに笑った。

「又、何時か。……お休み」

「……お休みなさい」

死出の旅路の口が直ぐそこに開いても、あの頃のように笑った二人に、少年達は、短い別れの言葉を告げる。

「……又、な…………」

「…………ああ。又……」

二対の眼差しと言葉に見送られ、長きに亘り、戦場を駆け抜け続けた傭兵達は、背中を預け合ったまま、最期の最期まで腐れ縁で結ばれた相手の背を守り通したまま、瞼を閉ざした。

その生涯の終わり、瞳の中に、純白の野に描かれた、二筋の足跡を焼き付けて。

ナニモノも往かぬ筈の野の只中に、魁て足跡を刻む、見果てぬ『夢』の具現に想い馳せて。

──────今日は。

死ぬには良い日だった。