─愛すべきモノ─

唯、呆然と、人々はそれを見ていた。

……いや。

呆然、と云う例えは、少し違うかも知れない。

呆然、その言葉を使うよりは、驚嘆、若しくは感嘆。

その方が、相応しいかも知れない。

──たまたま。

本当にたまたま、居合わせた者だけが垣間見ること叶った、それは、『姿』、だった。

麗らかに晴れた、うっかりその辺りの木陰にでも入って一呼吸付こうものなら、す……っと日溜まりの中に意識を攫われてしまいそうな、そんな日の午後。

同盟軍の本拠地として君臨する古城の、簡単な言葉で言い表わすならば、裏庭……の延長とも言える野原で。

居合わせた人々が見掛けた姿は、模擬に興じる少年達、だった。

まあ、その少年達の片割れは、外見だけが少年で、中身は立派な青年なのだが。

兎に角、双方共に外見だけは少年同士、と云った組み合わせの二人──カナタとセツナ、は、さわり、とした風の吹く野原で、心底楽しむ風に、立ち合いをしていた。

────現・同盟軍盟主、セツナは。

武道に関して、決して拙い者ではない。

拙い処か。

騎馬戦訓練の帰り道に、たまたまその風景の有る場所に通り掛かった、マイクロトフやカミュー、己に熱を上げている少女、ニナから逃れていたら、何時の間にかそこに辿り着いてしまったフリック、そのフリックに、飲み代を借りようと後を追い掛けて来たビクトール、事務関係の執務を放り出したまま、帰って来ない盟主にしびれを切らして、自らセツナを探しにやって来たシュウ、何処に盟主殿がいるのか判らないから、シュウ殿の護衛として付いて行かれて下さい、と、何故かクラウスに『命令』されて、渋々、正軍師の後に付き従うことになったルカ……と云った。

偶然、その様を目撃することになってしまった者達でさえ、彼から一本取れるか否かは、危うい処だ。

体を張った戦闘は門外漢で、頭脳労働担当のシュウは兎も角、元・マチルダ騎士団の、青騎士と赤騎士の団長だったマイクロトフにカミュー、戦いの腕だけで各地の戦場を点々とし、先のトラン解放戦争をも潜り抜けたビクトールにフリックも。

セツナと出会った当初はさて置き、今となってはもう彼等に、セツナとやり合ってすんなりと勝つ自信はない。

かつては、化け物じみた強さ、と評されたルカであるならば、勝てないこともないのだろうが。

本気でやり合ったら、互い、無傷では済まないだろう。

それくらい、武道の面に於ける、セツナは強い。

……なのに。

それぞれの理由で、たまたまその場に居合わせた人々が見守る風景の中で。

気合いの掛け声も高らかに、手にしたトンファーと共に威勢良く打ち込んで行くセツナを、何時も通りの綺麗な微笑みを浮かべたまま、棍の一閃だけで、カナタは弾き返しているのだ。

フリードの妻、ヨシノが、洗濯物を干す竿竹を扱っている時のような気軽さで、棍を、見た目だけは柔らかく薙いで、その身軽さに物を言わせたセツナの躍動感溢れる突進を、軽々。

……だから。

「……マクドール殿は一体……何者なのだ?」

「さあねえ……」

手綱を引いて留まらせた馬の背で、マイクロトフは唸るように云い。

相方と並び馬上にあるカミューは、唯、肩を竦め。

「あいっかわらずだな、あいつ……」

「いーや。三年前より、更に強くなった気がする」

ニナから逃れ切った途端、どっと疲れが出たのか、草原にしゃがみ込んでそれを見ていたフリックは呆れ。

相棒の隣に胡座を掻いて、二人の少年を見学し始めたビクトールは、面白そうな声を出し。

「気付いたか? トランの小僧、一歩も動いてはおらんぞ」

「……そのようだな」

付き従ったシュウの後ろから、模擬を見ていたルカは、ほう……と感嘆して。

今、声を掛けるのは良くないかと、草原の直中に佇んだシュウは、ルカへと抑揚ない頷きを返した。

……そう、大人達は、唯。

それぞれ、彼等から離れた場所で、出会した光景に対する、驚愕と感嘆を洩らしていた。

──だが、居合わせた大人達が、少年達を凝視している間も。

セツナはカナタへ向かって、幾度となく攻撃を加えては、その都度、コロン、コロン、と、面白いように転がされ。

何度、丸めてポンと投げられた猫のように転がしてやっても、ひょいっと起き上がっては向かって来るセツナの相手を、カナタは続けていた。

「むーーーーーーっ! 悔しいぃーーーーっっ」

「そう? じゃあ、今日はもう、諦める?」

「諦めませんーーーっっ」

「元気だね」

「だってっっ。これだけ頑張ってるのに、僕のトンファーの先、マクドールさんにかすりもしないなんて、悔し過ぎるぅぅぅっ!」

「僕だって、君に棍の先を、触れさせてないよ?」

「それは、わざとでしょうにぃぃぃっ!」

大人達が見守っているのを、知っているのかいないのか。

やっていることは確かに、真剣勝負なのだが、きゃいきゃいと、何時もの遊びの延長のように、言葉さえ交わして。

「遊んでんのか? カナタの奴」

「いや、そうじゃないだろ」

そんな二人のやり取りを聞き、傭兵の二人が、苦笑を浮かべた。

「そうでしょうねえ。マクドール殿は、手加減はしてないみたいですしね」

「それが、武人の有り様と云うものだろう?」

のんびりと、草原に座り込んでいた傭兵二人組の元へ、馬を引き近付いて来た、騎士団長達が混ざった。

「武人の有り様がどうであれ、いい加減手を抜いて貰わねば困る。あれでは何時までも、盟主殿を連れて帰れない」

「決着が付こうとも、素直に連れ帰られるタマではないと思うがな」

二人から四人、となった、草原の座り込み組の元へ、何時しか、正軍師と護衛もやって来た。

故に、ふと気がつけば、六人に膨れ上がった立ち合いのギャラリーは。

「まあ……何はともあれ。暫くは、見学していた方が良さそうですね」

「……かも知れんな」

「シュウは気に入らないかも知れないが。感嘆出来る程の立ち合いってのも、珍しいからなあ。俺はもう一寸、楽しまさせて貰うとすっかな」

「ああ、言えてる。カナタの立ち回りは、演武かと思うくらい綺麗だし」

「…………と云う訳だ、諦めろ」

「諦めろ、で引き下がれるか」

各々、そんな言葉を吐いて、六名の内五人までは、素直に、居合わせた場所の風景に見愡れ。

残りの一名はあからさまに渋々、仲間達に従った。

「あー、もーーっ。止めないーーーっ! せめて、マクドールさんに一発喰らわせるまで、今日は絶対止めないーーーっ!!」

「んーーー。……そう云われてもねえ。セツナの一発って、喰らったら痛そうだし。かと云って、僕がセツナに一発喰らわせたらお終いにしよう、とは言えないしねえ。セツナに傷、付けたくないから」

「……じゃあっっ。僕がマクドールさんの間合い突破するまでっ!」

「…………。それも、無理だと思うけどな……」

さわさわと風の吹く草原で、六人の見物人が見詰める中。

賑やかな会話を伴う、少年達の模擬は、果てることなく続いて行く。

「セツナー。いい加減、諦めない? 又、やればいいじゃない。何時でも相手してあげるから。そろそろ、お茶でもしたい気分なんだけどな」

「いやーーーーーーっ!」

「………今日のお茶菓子、何だろうね」

「お茶菓子は、逃げませんっっ」

「もう……。仕方ないねえ。じゃあ、こうしようか。僕が一歩でも動いたら、そこでお終い。いい? それなら、君なら何とか出来そうだし」

「はいっっ」

片や、少年と云う年頃の者が扱うには、少々重た過ぎるトンファーを振り回すセツナと。

片や、疲れと云う言葉はそこにないのか、一向に変わらない動きを見せる、棍を扱うカナタの。

騒々しいやり取りも、果てることなく。

「余裕だねえ、カナタの奴……。やっぱり何処か、遊んでんのかね」

展開されて行く、武器と武器とのぶつかり合いには、誠にそぐわぬ二人の会話に。

ビクトールがぽりぽりと、頭を掻いた。

「そうか? 余裕と云うなら、ここの小僧の方が余裕だろう? あれだけ動き回って、未だ、あれだけ喋っていられる。何処から、あの化け物じみた体力は生まれるのやら」

そんな彼の呟きに、ルカが異論を唱えた。

「……でもよー、ルカ。俺に言わせれば……──

だから。

傭兵と軍師の護衛の間で、意見の戦わせ合いが始まりそうになったが。

「……私に言わせれば、両方共に、充分化け物だ」

人外、と云う意味では、どちらもいい勝負だ、と、シュウが結論付けた。