「んー、何処行っちゃったんでしょうねえ、ルカさん」
「……何かを察して、逃げたかな。野生の勘は、抜群そうだからねえ」
「まあ、『元 ルカ・ブライト』ですからねえ。あー、でも、野生の勘は抜群、だなんて、僕達には云われたくないでしょうね、ルカさんも」
「あはは。言えてる。向こうが野生の勘で逃げるなら、僕達も、野生の勘で探すからね。──甘いんだよねー、逃げ遂せよう、なんて」
「ですねー。……ああ、案外大穴で、ビクトールさん辺りに匿って貰ってるかも知れませんね。レオナさんの所、もう一回覗いてみましょっか」
「そうだね。レオナの所にいなかったら、後は……そうだなあ、騎士団の人達辺りかな。彼が『遊んでる』としたら」
────シュウの説教から解放されて、カナタとセツナは落ち合い。
仲良く、昼食を終えた彼等は、憂さ晴らしと暇潰し、と云う大いなる目的の為に、からかいの標的、ルカを探して、本拠地の中を歩き回っていた。
別に、『大いなる目的』──要するに、からかいの相手は、ルカでなくとも良かったのだけれど。
人々に愛されて止まない彼等ではあるが、三年前の戦いの統率者と、今現在の戦いの統率者が、寄ると触ると碌なことを仕出かさないのは、今や、本拠地に住まう者達の、必須取得知識、と化しているので。
例えばルカのように、彼等から逃げたくても逃げられない、と云った立場の者でない限り、二人の『お遊び』の誘いには、決して乗ってはくれない。
故に彼等は先程から、当初の目的通り、ルカを捜し廻っている。
「ホントにもーーーっ。手間掛かるんだからー、ルカさん探すのーーっ」
とてとてと、石作りの廊下を歩きながら。
理不尽な憤りを、何故か楽しそうに、セツナが吐いた。
我が儘な、けれど可愛らしいその様子に、くすりとカナタが笑う。
「……楽しそうだね、セツナ」
「ええ。そりゃあもう。楽しいですよ? 僕は、毎日が楽しいです」
「どうして?」
「戦争は嬉しくないですけど。こうやって、のんびり過ごせる毎日は、楽しいじゃないですか。僕は、僕の周りにあるモノ、全部が楽しくって、全部が好きです」
静かな笑いを零しながら、楽しい? と問うカナタに、セツナは元気良く答えた。
「…そう。それは……うん、多分、良いこと……なんだろうね」
セツナの云うことに。
カナタは僅か、笑みの質を変える。
「でもね、マクドールさん。僕の一等は、マクドールさんですよ?」
「アリガト。────それは嬉しいけど。シュウに、あんまり心配掛けちゃ駄目だよ」
「………………マクドールさんには、何処までも、『先』がばれちゃうんですね」
「そりゃあそうだよ。だって僕は、共にゆくのだから」
「……そでしたね。──はぁい、気を付けますー。あんまり、胃の痛い思いさせても、可哀想ですから、シュウさん」
カナタには、知り得る筈のない『事実』に対する嗜めを、さらり、とされ。
一瞬、セツナは言葉に詰まったが。
にこぉ……と彼は笑って、ばれてる、とペロリ舌を出し。
マクドールさんが相手じゃあ、それも仕方ないですね、……と、兄のような人の嗜めを、素直に受け入れた。
好きなモノはありますか? って聞かれたら。
僕は多分、この世の全て、って答えると思う。
嫌いなモノなんてないよ。
あ、ナナミのお料理だけは別ね。
あれだけは、例外。だって、食べたら倒れちゃう。
下手したら、神様が見えちゃう。
──……えっと、何だっけ。あ、そうそう。
世界中にある全部、僕は大好きだよ。
世界中にある全部、皆々、優しい。
皆々、あったかい。
僕は、世界中にある全部、が好きだから。
皆々、幸せにしてあげたい。
──僕が、ぽややんと、そんなことばっかり考えてるから。
シュウさん、胃が痛くなるのかな?
優し過ぎるんじゃないか、とか、シュウさん、こっそり思ってるでしょ。
でもねえ……。
盟主、としては優し過ぎる、って云われてもねえ……。
好きなモノは好きなんだもん。仕方ないじゃない。
駄目、なのかなあ。
皆々、大好きだよ、って云うのは、駄目なのかな。
皆々、幸せにしたいよ、って云うのは、駄目なのかな。
だってね、シュウさん。
僕は、皆が大好きなんだよ。
ナナミやジョウイ、シュウさんだって、この城の皆だって、ルカさんだって、多分、ハイランドの人達もね。
僕が好きなのは、人間だけじゃない。
シュウさんが、心配してくれるのは良く判るけど。それは、嬉しいけど。
例え、こんなことばっかりを考える僕が、盟主には向いてないって心配されても、僕にはきっと、変えられない。
大丈夫だよ。
優し過ぎるからって理由で、僕が苦しい思いをしたとしても。
僕には、マクドールさんがいるから。
────ねえねえ、シュウさん。
シュウさんの本当の心配は、それでしょ?
皆々大好きだよって云う癖に、マクドールさんだけが一等、って言い切る僕に、本当は、渋い顔をしてるでしょう。
判ってるよ。
…………だって、仕方ないじゃない。
僕は、世界中の全部、が好きだけど。
世界中の全部、僕には『夢』を見せてくれない。
マクドールさんだけが、『夢』を見せてくれるんだもん。
あの人だけが、一等になっちゃうよ。
世界中の全部、を幸せにしたいと思うけれど。
マクドールさんを一等、幸せにしたいと思っちゃうよ。
大好きな世界の中で、マクドールさんだけが、一等なんだもん。
マクドールさんだけが、違って見えるんだもん。
でもね、大丈夫だよ、シュウさん。
こんなことも、僕は考えちゃうから。
シュウさん、益々、胃が痛いのかも知れないけど。
でも、大丈夫。
シュウさんが不安に思ってるみたいに、僕は、大好きな世界中の全部をポイッと捨ててまで、マクドールさんだけを幸せにしたい、とは思わないから。
世界中の、全部。
皆々、優しいし。
皆々、あったかいから。
『皆』だって、ちゃーんと、幸せにしたいって、僕は思うよ?
それにね。
マクドールさんは、僕『に』幸せにして欲しい、なんて、絶対に思ってないよ。
だって、マクドールさんは、マクドールさんの立つ場所から、絶対に降りてなんか来ないもの。
僕が、そこに辿り着いて、僕等二人が一緒に望んで、幸せになろうね、って、そう言い合わなきゃ駄目。
そうじゃなきゃ、駄目なんだよ。
僕だけが一方的に足掻いてみたって、駄目なんだから。
──僕は別に、特別な何かを、マクドールさんに望んでなんかない。
唯、傍にいて下さいね、傍にいますね、って云うだけ。
マクドールさんだって、僕に特別な何かを、望んだりしないよ。
唯、共にゆこうねって云ってくれるだけ。
マクドールさんの立つ場所は、『甘い』よって、時々、教えてくれるだけ。
だからね、シュウさん。
『大丈夫』、なんだよ。
今は、未だ。
僕は、マクドールさんの立つ『甘い』場所に辿り着けてないから。
大丈夫。
……ううん、辿り着けたとしても。
世界中の全部を捨ててまで、とは、きっと思わないから。
…………唯、ね、シュウさん。
『その時』が来たら。
その時って何、って云われると、一寸困っちゃうんだけど……うん……『その時』、が来たら。
大好きな、世界中の全部、よりも、僕の一等、であるマクドールさんが、『ほんのすこぅし』、優先されちゃうのかな。
マクドールさんの為にね。
マクドールさんだけ、の為にね。
…………んー……ねえ、シュウさん。
世界中の全部が好き、って云う癖に。
『それよりも尚』、マクドールさんが優先、って。
マクドールさんが一等、って。
それは……残酷、なこと?