「あーー、居た。マクドールさーーんっ」
首を巡らせた先には、ブンブンと元気良く、カナタへ手を振る同盟軍盟主の姿があり。
盟主、と云う役割を引き受けさせるには充分に幼い、『小さな』セツナと、自分を探して、ひょいっと酒場を覗いたのだろうセツナを見付けた瞬間、常に浮かべている綺麗な笑みを、暖かいそれへと移したカナタを、傭兵は見比べる。
「庇護者の、御登場だな。ん? ナナミに続く、セツナの保護者No.2」
そして、それまで二人交わしていた会話など、なかったことのように、駆け寄って来るセツナへ、両手を差し出さんばかりのカナタを、ビクトールはからかった。
「うるさいよ」
「本当のことだろうが。セツナだけは……『溺愛』して止まないんだろう?」
「……ビクトールってさ。やっぱり、僕のこと、良く判ってるよね。『溺愛』って単語の向こうに、含まれるだろう意味合いも、最近の僕が、何を尋ねられても、どっちでもいい、どうでもいい、気にしない、好きにすれば? くらいしか云わないってことも、他の人はあんまり、気付いてないからねえ」
放たれたからかいに、カナタは一瞬、笑みの中に睨みを織り混ぜ掛けたが。
……ふっと思い直したのか、セツナへと向けていた面を、くるん、とビクトールへと向け直し。
「そう云うトコ、尊敬するよ」
「尊敬するって、何をですか?」
「……ああ、セツナ。何でもないよ。──もう終わった? シュウさんのお説教」
ぽつり、真顔で、傭兵への敬意を表すると、その言葉を小耳に挟んだが為、くりっと大きな薄茶の瞳を丸くして尋ねて来たセツナを上手く誤魔化して、盟主の頭を撫でた。
「ええ、まあ……」
すれば途端、セツナはカナタの傍に帰って来れたが故に湛えていた、満面の笑みを引っ込め。
小耳に挟んだ言葉に対する疑問も引っ込め、げんなりとした表情になって、項垂れた。
「おや。手酷くやられたのかな」
「帰りが遅くなるの判ってて、釣りして遊んじゃった僕も悪いんですけどねえ……。シュウさん、あいっかわらず、云うことがきっついんですもん……。言葉はきつい癖して、云ってることは間違ってないですからねえ……言い返しようがないですし。でも、顔はああでしょう? 無表情極まりないから、怖いって云うか……。でも、シュウさんの目の前で、思いっきり、嫌がらせに、べーーって舌出してやりたい誘惑にも駆られるし……。疲れますぅ……」
「……あー、気持ちは判るよ、うん。正論展開されても、あの言い回しとあの表情じゃ、嫌がらせの一つもしたくなるってもんだしねえ。でもやったら、お説教倍返し、だしね。……じゃ、セツナ。一寸遅くなっちゃったけど、ハイ・ヨーの処でお昼御飯食べてから、憂さ晴らしに、ルカでもからかいに行こうか」
心底疲れたのか、がっくりと肩を落とし、ぷっと拗ねてみせたセツナの頭を、ぐりぐりとカナタは撫で。
お腹を満たしたら、憂さ晴らしをしようと、黙って二人のやり取りを聞いていたビクトールにしてみれば、悪趣味、としか言い様のない提案を、彼はした。
「いいですね、それ。じゃ、からかいがてら、ルカさん引き摺って、その辺に魔物狩りにでも行きましょうかぁ、マクドールさんっ」
当たり前のように、カナタが提案してくれたことに、やはり当たり前のように、セツナは同意を示してはしゃいでみせる。
「本気かよ、お前等……。俺は最近、あの男に同情を禁じ得ないぜ……」
あいつも、可哀想にな……と、今この場に居合わせていないのに、今日の午後の運命を勝手に決められてしまったルカに、ビクトールは心の中で、手を合わせた。
「……? ビクトールさんも、行きたいの? 混ざる?」
「遠慮しとく……。気を付けて、行って来いよ……」
「楽しいことに混ざらないなんて、付き合いの悪い傭兵だよね。ま、いいか。ビクトールのことは放っておいて、行こう、セツナ」
「付き合いが悪いとか、そう云う次元じゃねえがな……」
魂の底からの、そんな現場に居合わせるなんて冗談じゃない、との思いに正直に、顔を顰めたビクトールの顔色に、どうしてそんな顔を? とセツナは『純粋』な疑問を浮かべ。
大人は頭が固くて嫌だね、とカナタは勝手な解釈を付け。
行っちまえ、と、シッシ、片手を振ったビクトールを後目に、少年達は酒場を後にした。
きっちり、二人の天魁星が、酒場より出て行くまでを見送って、べしょり、傭兵は机に突っ伏す。
「……なんだあ? あいつら。愉快そうに。何か悪戯でも企んでるのか?」
と、少年達と入れ代わるように、酒場へやって来たのだろう相棒のフリックに声を掛けられ。
「まあ、そんなトコだな……」
あー、お前か、とビクトールは、木の板と戯れていた体を上げた。
「成程。……あー、レオナ? カナカンのワイン、くれないか」
「……レオナー、俺にも」
「……昼間っから、良く飲むな、お前も。──処で、今回の、あの二人の悪戯の標的は、誰だ?」
それまでカナタの座っていた場所に腰を下ろしながら、ワインを注文したフリックに乗って、ビクトールも同じ酒を頼み、そんな相棒を見詰めて苦笑を浮かべながらフリックは、悪戯の対象は誰だ、と気軽な風に尋ねた。
「ルカ、だとよ」
「ルカ? ……懐かれて、大変だな、ルカも。最近あの二人のからかいは、かなりの確率で、あのルカ・ブライトのそっくりさんに、注がれるからなあ……」
相棒の回答に、不憫な、と、兵舎辺りにいるのだろうルカへ、フリックは、遠い酒場よりの同情を注ぎ。
「……何も知らないってのは、幸せだよなあ……」
裏に漂っている、一切の事情を知りもしないと云うのは、何と幸福なことだろう、と、冷たい目で、ビクトールはフリックを眺めた。
「知らないって、何を?」
「何でもねえよ。……何でも、ない」
何を知らないと、何が幸せなんだ、と。
不可思議な台詞を吐いた相方へ、フリックは視線を流したが。
聞くな、とビクトールはそれを退け。
「……判ってやれねえんだな、って。そう思っただけだ……。うすらぼんやり……判らねえ訳じゃねえが。本当の処なんて、判ってやれねえんだなあ……ってな。ふっと、そう思ったんだ。判ってやらない方が、幸せ、って奴なのかも知れねえが。判ってやりてぇんだけどな……少しくらい、は」
少年達が消えてしまった酒場の入り口へ、流し目を送り、彼は呟いた。
「…………熱でもあるのか? ビクトール。言動が、おかしいぞ?」
「…放っとけ」
ぼそぼそ、聞き取り辛い声で吐かれた相棒の思いを聞き留め、目を丸くしたフリックが、ビクトールの額へと、手を伸ばして来たけれど。
ケッ、と、鬱陶しそうに彼は、相方の手を払い除けた。