──懐かしき都、グレッグミンスターへ赴く途中の、バナーの村で。

三年振りに、カナタと再会した。

顔を合わせた途端、手にしていた釣り竿で、問答無用でぶん殴られたから、ああ、こいつはあの時のことを、今でも怒ってやがったんだな、と云う思いと、多少、性格が悪くなったんだろうか、と云う、カナタに対する二つの思いが、再会して直ぐ、過った。

でも。

あれだけの戦争を戦い抜いて、愛しい人々を失い続ける痛みばかりを知って、終戦直後に黄金の都から消えて、三年間、世界を放浪して、でも、カナタは、あの頃のように笑っているから。

きっと、大丈夫なんだろう、と思った。

苦しい思いをしただろうカナタだけれど。

三年前と、その姿に微塵の変わりもないカナタだけれど。

きっと、大丈夫なのだろう、と。

なのに、此度の戦いの天魁星、セツナと共にある為、度々この城にやって来るようになったカナタから聞こえて来る言葉は。

僕はどっちでもいい、どうでもいい、気にしない、好きにすれば?

……そんな言葉、ばかりで。

無気力になっちまったのかな、と、心の何処かで、疑っていた。

魂喰らいの真の紋章のことを考えれば、それも致し方ないのかも知れない、とは思えたが。

セツナに、『夢』を見てしまうように、カナタに対しても、『夢』を見ること止められなかったから。

どうしても、何処か『らしくない』、と思う気持ちも止められなくて。

内心、はらはらしながら、カナタを見遣って来た。

カナタは何処か、壊れてしまったんじゃないか。

あの戦いの『思い出』を振り切る為に、何処かを壊してしまったんじゃないか、と。

だが、カナタ、と云う少年は、何処も、毛筋程も、壊れてなどいなくて。

やはり、その身に宿す魂喰らいに原因があるのだろうけれど、恐らくは、何モノも、カナタの目には、『等しく』映るだけなのだろう、と、やがて思い至った。

映るモノ、触れるモノ、聞こえてくるモノ、その全てが『等しく』在るなら。

優劣は付けられない。

選択など出来ない。

好悪も、気にする必要はない。

──成程、と思った。

が、納得すると同時に、頭の片隅が痛む程、哀しくもなった。

己の中の、何一つとして『壊す』こともなく、その『高み』へ到達してしまったカナタが、哀しく思えた。

……先程、尋ねたこと。

カナタに馴染み深い者が、もしも戦場で倒れたら、どうするか。

その、問いに。

きっと、悲しむ、だろう。

けれど、時が経てばきっと癒されて、きっと、思い出に出来るだろう。

『悔やみ』もせず。甘んじることは出来ないが、受け止めることは出来る、運命と『昇華』してみせる。

…………そんな答えを、さらりと返せるカナタが、何処か、不憫に思えた。

裏を返してしまえば。

馴染み深い存在を失おうとも、それだけで済ますことが出来る、と、冷たくも思える言葉を吐き出したカナタが。

そんな言葉を吐きつつも、正気のまま笑えるカナタが。

不憫だ、と、思えた。

再会して久しく、笑うと云う以外、カナタの明確な感情を、窺い見ていないな、と思った時。

『夢』を見続けてしまう、カナタと云う存在が、いたたまれなくなった。

だが、しかし。

そう考えた次の瞬間、やって来たセツナへ、綺麗なだけではなくて、温度を伴う笑みを向けたカナタを、改めて意識した時。

真実、カナタと云う存在に、寄せてはならぬ、同情を寄せてしまった。

──自ら、望んで。

己の中の、何一つとして壊すことなく。

甘受は出来ないが、受け止めることは可能な、己の運命に添うべく、『高み』へと到達してしまった彼が。

唯一、どうでもいいよ、と言えない存在を、手にしてしまったことに。

苦しみを、覚えてしまった。

好悪の感情さえ伴わず、この世に在る全てを、等しく映す、彼の瞳の中で。

セツナと云う存在だけが、『特別』に、『溺愛』したいモノ、と映ることに。

────カナタの瞳に、セツナだけが色を持って映ると云うこと。

それが、カナタにとって、如何なる意味を成すのか、そこまでは判らない。

彼にとって、幸せなこととなり得るのか、不幸せなこととなり得るのか、それも、判らない。

だが、カナタは恐らく、三年の年月を掛けて到達した『高み』より、決して降りようとはしないだろう。

己の意志で、己が定めた場所に立ち続けるカナタが、セツナに何を望んでいるのか、それも、判りはしないけれど。

壊れようともしないカナタが、セツナに求めることは、『哀愁』に満ち溢れていること、のような気がした。

──夢を見させられる存在が、夢を見せ続ける存在を、本当の意味で思うことなど、叶いはしないけれど。

これ以上、カナタには。

何時か、カナタの『哀愁』を見ることになるだろうセツナにも。

憂いなど、覚えて欲しくはなかった。

故に。

うすらぼんやり、としか、カナタのことを、判ってやれないのが。

カナタが真実思う処を、どうしても見られないのが、見てやれないのが。

苦しく思えた。