「セツナ?」

「はい?」

「お昼御飯、美味しい?」

「はいっっ」

「そう、良かったね」

酒場を後にし。

真直ぐ向かったハイ・ヨーのレストランにて、昼食を摂りながら。

それはそれは美味しそうに食事をするセツナを、微笑ましげに見遣りつつ、カナタは聞いた。

味の是非への問いへ、案の定、幸福そうな答えをセツナが返して来たから、彼は一層、笑みを深める。

「マクドールさんは?」

むぐむぐと、口を動かしながら、自分へ向けられた問いを、セツナは投げ返した。

「勿論、美味しいよ。セツナと一緒に食べる御飯だからね。余計」

「そう云うこと、さらりと云う辺り、上手いですよね、マクドールさんって」

「本心、なんだけどねえ」

「知ってますよ」

「……そうかい? なら、いいけど」

カナタの云うことを、半ば世辞と受け止めたセツナに、真顔をして、英雄は云い。

判っている、と、盟主も又、さらっと受け止め。

くすくすと、やり取りを楽しんでいるように、彼等は笑い合った。

「君だけだよ。僕に、こんなことを言わせるのはね」

「……ほんっとー、上手いですよね」

「だから、本心、だってば。何も彼も」

「判ってますよぅ、じゅーぶんっ」

「…だといいけどねえ……」

そうして、彼等の言い合いは、何時ものようなじゃれ合いへと移り。

「判ってますってばぁぁ。マクドールさん、何時だって、僕の傍にいてくれるでしょ? 僕を、傍に置いてくれるでしょ? だから、多少は判ってますよ、マクドールさんのこと」

「そうだね。僕は何時だって、君が望む限り、君の傍にいるからね」

「ええっ。──……ね、マクドールさん。これからも、傍に、いて下さいね?」

「ああ。……共に、ゆこうね」

何時ものじゃれ合い以上に、何時も通りのやり取りを交わし。

セツナは、幸せそうに食事を続け。

カナタは、幸せそうに微笑んで、セツナを見遣った。

ねえ、ビクトール。

君は、僕のことを良く判っているから。

本当の意味で、気付いているかも知れないね。

何も彼も、僕にとってはどうだっていいんだよ、と云う言葉の示す、真意に。

何時か、面と向かって云ってやったように。

僕と直接の関わり合いがないから、この戦争のことは、どうでもいい、のではなく。

この世界の何も彼も、世界を満たす何も彼も、が、僕にとっては『どうでも良いこと』、であるのに。

……ま、唯一の例外は、あるけどね。

──云っておくけどね、ビクトール。

僕は、決して投げやりになった訳でも、無気力になった訳でも、壊れてしまったんでもないよ。

自分で自分のことを、狂っていると思う狂人なんて、いやしない、とは云うけれど。

僕は狂ってなんかいない。

ちゃんと、正気を保ってる。

それにね。

人間なんて、誰もが狂っているんだから。

真実狂っていようが狂っていまいが、同じことなんだよ。

世界中の人間が狂っているんだ。

狂人なんて、この世には存在しないんだよ。

──ねえ、ビクトール。

君は僕を、哀れんではいないかい?

狂うことない僕に、全てを同じ色として瞳に映す僕に、気付いているが故に。

僕を、哀れんではいないかい? 不憫だ、って。

同情を寄せられることは、嬉しくはないけれどね。

その感情を、退けようとは思わない。

だから、その想いを、有り難く受け取ってはおくけど。

そして、不安に思ってはいないかい?

そんな僕が、唯一、セツナへ執着を見せることに。

僕が、セツナへと向ける、『溺愛』の質に、気付いているが故に。

…………本当に、お人好しだよね、ビクトールってさ。

ホント、いい奴だよ。

だけど。

ねえ、ビクトール。

その想いは、僕に言わせれば、『甘い』よ。

そこの処だけは、判ってないよね。

ま、判る筈もないだろうけど。

僕は、僕が自ら辿り着いた『高み』から、降りるつもりなんて欠片もないから、ひょっとしたら僕が、唯一の存在を見付けてしまったことは、不幸なこと、なのかも知れないけど。

……ああ、それくらいの自覚は、あるんだよ?

何も彼もが等しく映る瞳に、セツナだけが色を持って映ることが、どれだけ甘美で危険なことか。

それに対する自覚くらい、あるさ。

『僕』、だからね。

見くびって貰っちゃ困る。

全てのモノが等しく映る世界の中に、たった一つだけ、色を違えるモノがある。

それは、例えばビクトールから見たら、危ういバランスと、思えるんだろうね。

等しい色で映る、何も彼もを『犠牲』にしても、手にいれたい、と……そう焦がれるモノなんだろう、と思えるんだろうね。

でもねえ、ビクトール。

僕が立つ……永劫に立ち続ける『高み』、は。

そんなものじゃ、ないんだ。

この世の何も彼もが、僕にとってはどうでもいいと、そう云ったろう?

だから、ね。

或る意味では、僕の瞳に、セツナだけが色を持って映る、その事実すら、『どうでもいいこと』、なんだよ。

だから、ね。

セツナと云う存在が僕に見せる、甘美で危険なものに、僕はおいそれと、引き摺られたりはしない。

唯、ね。

唯、甘美で危険な存在になりたいと、セツナが望むのならば、話は別だけど。

僕はあの子を、君も理解している意味で以て、『溺愛』しているからね。

セツナが、僕の立つ場所までやって来たい、と云うならば、僕はそれを決して拒みはしない。

────ビクトール。

この世の、何も彼もが、僕にとってはどうでもいいから。

例え、セツナだけが僕の中で色を違えようとも、そんなこと、僕にとって大した意味はなさない。

そう、それ自体に、大した意味なんて、ない。

まあ、それでも?

「こっちの水は、とても『甘い』んだよ?」

……ってね。

時折セツナに囁くことは、してしまうけども……ね。

──僕は、ね。

セツナが、セツナ自身の意志によって、甘い甘い場所へと『辿り着く』のを、待ってみたいだけなのさ。

だって、『何も彼も』が、『どうだっていい』のだからね。

…………ビクトール?

もしも、この『高み』が見えたら。

それでも正気でいる僕を、君は哀れむのかな?

御免ね、ビクトール。

だけど僕は、正気なんだよ。

何処までも、ね。