─セツナ─
「盟主殿」
「なぁに? シュウさん」
「…………なぁに? ではなくて」
「判ってるよ。でも、シュウさんが僕を呼ぶから。なぁに? って」
デュナン湖の畔、同盟軍本拠地。
その場の雰囲気にそぐわず、正午の風と太陽が、優しく迷い込んで来る、正軍師、シュウの部屋で。
何時も通り、その面に表情を表さず……否、大層珍しいことに、若干だけ、不機嫌さらしきものを滲ませて、眼前の椅子に座らせた、『小さな』盟主を見詰めるシュウと。
にっこりにこにこ、こちらも又、何時も通りの、何処か『頼り無げ』に映る笑みを湛えて、睨み付けて来るシュウを見返すセツナの対峙は。
長らく、続いていた。
「先程から何度も申し上げておりますが。私は別に、釣りに興じるのが悪い、と云っているのではありません。盟主殿と云えども、多少の息抜きは必要で、心のゆとりを持つ機会も、不可欠でしょうから」
「うん、そうだね。僕も、そう思うよ」
「……ですが。何故それを、バナーの村で、わざわざ、行う必要があるのです? 同盟軍の盟主、と云う立場を、正確に理解しておられますか? 盟主殿は聞きたくもない言葉かも知れませんが、貴方の身は、貴方だけの物ではないのですよ?」
「だって、気持ち良さそうだったんだもん」
「………………だから。気持ち良さそうな場所で、気持ち良く釣りがしたかった、と云うならば、ここに戻って来てから、されれば良かったでしょう? ──どうしてもバナーで釣りをしたかった、と云うならば。盟主殿は瞬きの手鏡をお持ちなのですから、先ずここに戻って来られて、その後の予定を誰かに告げられてから、改めて出直せば宜しいでしょうに。何の為の瞬きの手鏡ですか。ビッキーは、何の為に、大広間に立っていると思うんです」
「でもぅ。あの時は、直ぐに、あそこで、僕は釣りがしたかったんだもん。いーじゃない。マクドールさんだって一緒だったんだし。他の皆だっていたんだよ? 実際、何にもなかったんだから、いいじゃない。大体ー、僕だって弱い訳じゃないし、マクドールさんなんて、人外に強いよ? ハイランドの人に襲われたって、負けないもん」
──先程から、こんな風なやり取りで続けられている、この二人の、対峙。
これを正確に記するならば、『対峙』ではなくて、シュウから盟主へ言い渡される、一方的なお説教、と云う奴なのだろう。
雰囲気的にどうしても、シュウがセツナに説教を食らわしている、と云うよりは、シュウの小言を、セツナが茶化している、と云った感が抜けないが。
まあ、尤もそれは、シュウ自身にも良く判っていることなので。
「私は、結果論を申し上げているのではなく。盟主殿の気構えの問題を、お話しているのですっ」
一瞬だけ間の置かれた、不毛とも思える説教を再開すべく、膝の上に揃えて乗せたままある手の片方を、ぴくりと震わせて──恐らく彼はその時、机を叩きたい衝動を、押さえたのだと思う──、シュウは語気を荒めた。
「もーっ。しつこいんだから、シュウさんもー。御免なさいって、云ってるじゃない、さっきから。決して安全って言えない場所で、空が暗くなるまで遊んじゃって御免なさい。心配りが足りませんでした。……って、云ってるでしょーっ」
しかし、止むか、と思われた瞬間、説教が続いたのにも、若干だけ荒々しくなったシュウの語調にも、セツナの態度は変わらず。
ちょこんと椅子に座ったまま、ちょこんと首を傾げ、ぷっ、と拗ねたように、だが湛え続ける何時の笑みを、少年は崩さなかったから。
「心底反省なさってる方は、口答えなど致しません。──先日は先日で、振り分けられた決算書類を、後もう少しで全て処理出来る目前に、逃亡なさったでしょうっ。飽きちゃった、などと云う理由でっっ。文官のするような仕事が、退屈なのは充分理解出来ますがっ。盟主殿には盟主殿の、責任があるんですっ」
如何なる事象に対する際も、殆ど表情を変えることのない、冷血漢軍師と噂に名高いシュウの眦は、又、吊り上がった。