──何年かを過ごした、ラダトの街で。

初めて、盟主殿と出会った。

アップルと一緒に訪ねて来て、軍師になって欲しいと、そんなことを云われた。

驚いた。

アップルは兎も角として、未だ幼い彼が、そんなことを頼み込んで来た事実に。

あの頃は未だ、反乱軍とさえ言えないちっぽけなレジスタンスでしかない同盟軍だったけれど……それでも、従軍、と云う物をするには、幼過ぎるように思えた。

随分とまあ……性根の真直ぐな少年で、戦争、と云う物を、本当の意味できちんと理解しているのかすら、疑わしかった印象が、今でも残っている。

でも。

あの頃既に、盟主殿が、戦争と云う物を、正しく理解していた……とまでは云わないが、少なくとも彼は、何の為に戦うのか、そのことに関してだけは、明確な意志を持ち合わせていて、戦い、その意味も充分判っているようで。

且つ、盟主殿は、輝く盾の紋章を宿した、かつての都市同盟の英雄、ゲンカク老の養子、だったから。

彼が盟主になるならば、同盟軍を率いるには充分な肩書きと計算出来たし、ひたむきで、優し過ぎて、真直ぐに前を向いて歩いて行く彼ならば……何故か、人を惹き付けて止まない、不可思議な質の彼が、この軍を率いると云うならば、ここに命を沈めても悔いることはないだろうと、そう思った。

……あれから、数ヶ月が過ぎた今。

あの時、彼にいだいた期待は、尚、色褪せることなく。

盟主殿は、彼を取り巻く全ての人々に、『夢』を見せて止まない。

我々は、彼の存在に、『夢』を見て止まない。

『小さな』彼に、どうしたって、見果てぬ『夢』を、見てしまう。

だから、そう云った意味では、あの日、あの時、この軍を率いるのは貴方しかいない、と告げたあの思いは、間違いではなかったのだろう。

けれど。

今にして思えば。

あの日、あの時の、あの選択は、間違いだったのではなかろうか……と、そう疑うことも、止められない。

──盟主殿、は。

恐らく、この世の全てを愛している。

この世界を満たす全てを、好いているのだろう。

そんな、優し過ぎる質の『小さな』彼が、一軍を率いれば……そこにあるのは苦しみでしかないと、そんな想像は容易だ。

彼は多分、何時か、知らずとも済んだ苦しみを、知る日を迎えるかも知れない。

……いいや、もしかしたら今、既に、知らずとも済んだ苦しみを、受け入れているかも知れない。

しかし盟主殿は、例え何かに傷付いたとしても、その全てを、何時も浮かべる『頼り無げ』な微笑みで包み隠して、優し過ぎる己の質を引き摺ったまま、ひたむきに、真直ぐ前だけを向き、歩き続けるのだろう。

…………だから、時折。

そんな彼を、恐ろしく感じる。

そんな彼に、謂れのない恐怖と、哀れみを感じる。

彼の瞳に、世界を包む全てが愛しく映ると云うならば。

それは彼にとって、全てが『なだらか』、と云うことだから。

────世界の全てを、『なだらか』に、等しく愛する盟主殿。

……そう、彼は、そんな存在だった筈なのに。

何時の頃からだろう、盟主殿の中には、最も愛しく映る存在、が出来た。

トラン建国の英雄、と云う肩書きを持ち合わせた、カナタ・マクドール、と云う存在が。

盟主殿は、マクドール殿を、一等好きだ、と公言して憚らない。

世界中の何も彼もを、なだからに、等しく愛していたのに。

マクドール殿だけは、『特別』だ、と云う。

盟主殿の、その想いの根源が何処いずこにあるのか、そんなことは判らないが。

映るモノの中で、カナタ・マクドールだけが色を違える、その事実は、盟主殿にとって如何なる意味を成すのか、それも、判り得ないが。

それは盟主殿にとって、幸福であり……不幸でもある、そんな気がしてならない。

世界の全てを愛して止まない、優し過ぎる彼の質。

……この上もなく、残酷な、彼の質。

優し過ぎるが故に、傷付きながら歩いて行くのだろう盟主殿は。

残酷であるが故に、唯一色を違える存在の為に、愛して止まない世界の全てを、あっさり、切り捨てることすら出来るだろう。

カナタ・マクドールの為に、盟主殿は。

恐らく、『全て』を犠牲に出来る、そんな気がする。

常に湛え続ける、『頼り無げ』な微笑みを、微塵も崩さずに。

盟主殿……セツナ、と云う存在に。

『夢』を見て止まぬ我々には、遠く及ばない、理解すら出来ないかも知れない、その優しさと残酷さで。

彼はきっと、愛して止まない全てを、犠牲にすら出来る。

だから、彼に『夢』を見続ける者達にとって、愛し過ぎる存在である盟主殿は。

時折、畏怖の対象になる。

彼のその部分に気付いている者が、果たしてどれ程いるのか、それは、未知数だけれども。

──彼のその質が、盟主として間違っている……とまで云うつもりはない。

彼は、『夢』を見せて止まないのだから。

この少年の進む道に、己達の進む道を重ね、守ってやろう、そう人々に想わせるだけの何かを、彼はきちんと持っている。

そしてそれを、見せつけてくれる。

そんな彼、だから……彼は決して、盟主として間違ったことをしているのではないのだろう。

カナタ・マクドールが盟主殿にとって『特別』であることは、盟主殿を取り巻く者達に、手の出しようのない場所に在る出来事であり、彼の個人的な物なのだろう。

盟主殿とマクドール殿の関係は、そのような場所に位置する物だと、そう思うから、口を挟むつもりもないし、又、挟めもしないのだろうが。

世界すらも犠牲に出来るだろう、『特別』、と云う盟主殿の想いの鉾先と根源が、時折、恐ろしい。

このままで本当に良いのだろうか、と、疑心をもたげずにはいられない程に。

でも、それでも。

それで、盟主殿に幸がある、と云うのなら。

彼に、『夢』を見続けるしかない存在には、その幸の在り方など、決して理解は出来ぬだろうから。

それで、盟主殿が、憂いを覚えぬ、と云うならば。