目が覚めてしまったのは、偶然だった。
バタバタと、うるさく屋根を叩く雨音が耳に付いて、んー……と寝返りを打ったら、そのまま、目が開いてしまっただけ。
そうしてみたら、一度は共に、毛布へと潜った筈のカナタの姿が何処にも見当たらず。
マクドールさん、何処行っちゃったんだろう……と、ぼんやり考えながらセツナは、主のいなくなった枕を抱き寄せた。
「マクドールさんがホントは思ってること、大体想像付くけどさー…………」
むぎゅっと、少々固い枕を抱き締めつつ、身を丸くした彼がその時考えたことは、やはり、例の彼のことで。
「……でもさ。でも…………。…………ううう……。僕の考え方って、ちょっぴり、お人好しなのかなあ……」
枕を抱き締めたり離したり、としながら、ぶつぶつ、セツナは独り言を洩らし続けた。
──言葉にされずとも、カナタの本心は、概ね察せられる。
セツナに言わせれば、『或る意味、とってもとっても軍人さんの考え方』と相成ることを、大好きなあの人は、きっと考えている、と。
…………噂の彼が仕出かしてしまったかも知れないことは、本当だったとするなら、確かに良くないことではあるけれど。
止むに止まれぬ事情があったのかも知れない、そんな風にも、彼は思ってみたかった。
一度は身を寄せた場所も、将来を誓った恋人も捨てて、何処かへ一人行こうとするなんて、きっと、余程のことなんだ、と。
「…………凄い雨。……例の人、どうしてるのかなあ…………」
だから彼は。
己の目をも覚まさせた、酷く降りしきる雨の音を聞きながら。
こんな夜を、その人は、何処でどうやり過ごしているのだろうかと、一人思い馳せた。
買い物も碌に出来ぬ程、手持ちの金が少ないらしい彼に、宿を取るなんてことは……、と。
この、酷い雨を。
どうやって凌いでいるのかと。
「あ……。そうだ…………」
──と。
そこまでを、つらつら考えて、セツナは。
不意に、がばりと身を起こした。
もしも、カナタが言っていた通り、例の兵士がこの街より遠くへは行けず、でも、身を潜めていなくてはならないなら。
一つだけ、心当たりがある、それに思い立って。
何処に出ているのか、それは判らないけれど、今はカナタがいないのを、これ幸い、と彼は。
そそくさとベッドを抜け出し、着替えて、マントをも羽織って。
客間の窓より宿を抜け、土砂降りの雨の中へと出た。
ちらりと視線をくれた壁際の衣装掛けに、セツナのマントはなかった。
手袋を外し、寝乱れたベッドの中へ手を突っ込んでみたら、そこは未だ、暖かかった。
故に、外出したのだろう彼がここを抜け出してから、そう時間は経っていないとカナタは踏み。
「ホントに、もう…………。こんな雨の中、何処へ行ったんだか……」
セツナがそうしたように、自身も頭からマントを羽織って、彼は、施錠の外された窓より、宿の裏庭へと飛び降りた。
身を打つような雨が降る、夜空の下に佇み。
……さてさて、と。
軽く瞳を細めて、右手の魂喰らいに意識を傾ければ、直ぐさま、セツナの──輝く盾の紋章の、居場所は割れて。
「…………ん? この方角……。ひょっとして、ニューリーフ学園……?」
『溺愛』中の彼の居場所に、カナタは、訝し気な声をくれた。
隠れ家に成り得る場所に、この街の中では一箇所だけ、セツナには心当たりがあった。
……以前、ハイランドの手より逃れる為、テレーズが使っていた、ニューリーフ学園裏の森の中の、小さな小屋。
あの場所にあの小屋がある、というのは、もう周知の事実だけれど、今更あそこを何かに使おうと思う者は少ないだろうし、学園の裏手の森へ近付く者も多くはないだろうから、暫くの間だけなら、隠れるには充分ではないだろうか、そう彼は考えた。
所詮駄目で元々、覗くくらいのこと、してみても罰は当たらない、と。
だから、そう思った彼は、家々の軒先を伝うようにして雨を避けつつグリンヒルの街中を進み、うんこらしょ、とニューリーフ学園の正門を乗り越えて、静まり返る学園の中を抜け、森の奥へと分け入った。
何時まで経っても雨の酷さは変わらなくて、夜目を頼りに辿った、真っ暗な森の小道の向こうに、小さな丸太小屋が見えてきた頃には、もう、頭から深く被ったマントも、役に立たなくなっていたけれど。
闇に潜むように建つそこから、本当に薄ら、光が洩れているのを見付けて、セツナは。
ずぶ濡れになった甲斐があったかもと、にっこり笑んで。
細い光の筋目指して、全速力で駆け出した。
そうしてみても、雨に打たれる程度は変わらず、小屋の軒先に飛び込んだ時には、濡れ鼠以上に、セツナの全身からは、水が滴って。
「寒い……。風邪引きそ……」
ぐしぐし鼻を鳴らしながら、彼はそうっと、小屋の扉に手を掛けた。
鍵を掛けられるような、立派な戸が付いている訳もなく、今宵の雨の所為で湿ってしまったらしい扉は、ギシリと軋みを立てながら開き。
「誰だっ!」
…………途端。
床の片隅に置いた燭台の火を、薄い毛布を羽織った自らの体で隠していた風情の男が、抱えていた剣を片手に激しく立ち上がった。
「お邪魔しまーーす。……別に、怪しい者じゃ──」
「──…………え……? ……もしかして、盟主様……? セツナ様……?」
鞘より剣を抜き去るべく、がちゃがちゃと慌てた素振りで柄を握って、が、男は、明るく侵入して来た少年の面を薄明かりの中確かめ、魔法に掛かったかのように、ぴたりと動きを止める。
「うん、そう。貴方は、同盟軍……の人? 同盟軍だった人? ……あの、もしかして…………──」
そんな彼に、ほえほえと笑いながらセツナは少しばかり近付いて、その正体を問うた。
「……そう、ですけど…………」
己の名前、本拠地に残してきた恋人の名前、それを彼に告げられて、男は渋々……、と言った様子で、微かに頷いた。
「わーーー、良かったーーー! 探したんだよー? あの人に、グリンヒルとミューズでの戦いが終わっても、恋人が帰って来ないって話聞いたから……」
自分の正体を認めた相手に、ホッと安堵の息を付いて、セツナは笑ってみせる。
「だから、俺を捜しに来た、とでも?」
「うん、そうだよ」
「…………まさか。そんなこと、嘘でしょう?」
……でも。
男は、セツナの──否、盟主の言い分を、信じようとはしなかった。